結婚の約束がある限り新妻エイジには勝てない――バクマン。感想




 『バクマン。』(原作:大場つぐみ、漫画:小畑健、ジャンプコミックス)を二巻まで読んだ。『バクマン。』は原作と漫画のコンビがジャンプの人気マンガを目指すという、明らかに現実とオーバーラップした内容だ。一方で、作中の主人公達は紆余曲折を経て王道のバトルマンガで勝負することにするが、大場・小畑コンビは全く王道じゃないマンガで勝負しているのが興味深い。

 この漫画では、真城最高と高木秋人の主人公コンビと新妻エイジの対立が軸になっている。ジャンプ編集長は、主人公達とエイジの差は「マンガをどれだけ愛しているか」だと指摘している。この差はどこから来るのだろうか。
 一つは才能の差だろう。6歳からマンガを描き続けているエイジは天才的なキャラとして描かれている。だが、それよりも、大きな原因があると思う。それは動機の差だ。
 エイジは単に描きたいからマンガを描いている。それに対し、主人公達の動機は別にある。最高は亜豆と結婚するためで、秋人は名を残すためだ。秋人はともかく、最高の動機はマンガに対するモチベーションを高めているように見える。だが、マンガを愛する心をも高めているだろうか。

 『サブリミナル・マインド 潜在的人間観のゆくえ』(下條信輔著、中公新書)に興味深い実験結果が紹介されている。
 フェスティンガーとカールスミスは以下のような実験を行った。
(1)被験者は単調で退屈な仕事に一時間従事させられた。
(2)次にやってくる被験者(サクラ)に「作業は面白かった」と言わされた。その際、本意に反する発言に対する謝礼として一ドル貰う群と、二〇ドル貰う群とに分けられた。
(3)最後に作業の面白さに関する評定をさせられた。
その結果、一ドル報酬群のほうが、二〇ドル報酬群より作業をより面白いと評価したのだという。
 この結果に対し、筆者は、二〇ドル報酬群の被験者は十分な報酬を貰ったという事実と、本当はつまらない作業を「面白い」と伝えたこととの間にバランスがとれていた。これに対し、一ドル報酬群の被験者は外的な正当化が不十分なので、「本当は退屈でつまらない」という認知と「面白いといってしまった」という認知との間に、葛藤が生じ、それを低減すべく、作業の面白さの評価を肯定的な方向に変えたのだと解説している。

 筆者は類似の実験をいくつか紹介しているが、いずれも、大きな報酬を得る程、好きだという気持ちが減るという結果が出ている。

 これらの実験結果から言えるのは、最高は亜豆との結婚という極大の報酬を提示されてしまったがために、漫画を好きだという気持ちが、本来の状態より著しく損なわれてしまっているだろうということだ。最高がエイジに勝つためには、一度、亜豆との結婚という動機を失って、「それでも俺はマンガが描きたいんだ! 」と気づく必要があるのではないだろうか。



トップページに戻る