ライトノベルの上手い文章――電撃大賞感想




 今年も電撃大賞受賞作が刊行された。電撃大賞では、一時期大賞受賞者があまり活躍しないことがあり、ネットでは審査基準に疑問を持つ声を見かける。だが、私見では、電撃大賞の審査基準は非常に明快で、文章の上手さだ。もちろん、構成力等の要素が全く影響しないわけではないが、八割方は、文章が上手い順に、大賞、金賞、銀賞となっているといって良い。問題は、ここで言う「文章の上手さ」が直木賞的な文章の上手さであることだ。
 上手い文章には、切れ味を重視する芥川賞的なものと、安定感を重視する直木賞的なものとがある。もう一つ、速く読めることを重視するライトノベル的な上手い文章というものが存在する。問題は、直木賞的な文章とライトノベル的な文章を並べて評価する場合、どうしても直木賞的な文章の方が上手く見えてしまうことだ。だが、これは単に評価軸の設定の問題にすぎない。「うちは、ライトノベルの新人賞なのだから、うち的には司馬遼太郎よりあかほりさとるの文章の方が上手い。」と言い切っても良いはずなのだが、そういう新人賞は存在しない。
 電撃大賞の場合、さらに問題をややこしくしているのが、メディアワークス文庫賞の存在だ。この賞を創設した結果、電撃大賞はライトノベルと直木賞的大衆文学両方に対応する賞になった。これにより、電撃大賞受賞作の文章がますます直木賞的になっていくのではないか、と感じたのが、今回の大賞受賞作、『幕末魔法士-Mage Revolution-』(田名部宗司著)だ。司馬遼太郎を思わせる風格のある文章は抜群に上手いが、これ、マンガとライトノベルしか読まない小中学生には難しいんじゃないだろうか。
 『幕末魔法士』の場合、ストーリーやキャラクターなどの内容は極めてライトノベル的なため、問題は表面化していない。だが、今後、『坂の上の雲』や『蒼穹の昴』みたいな作品が応募されてきた場合、どうするのか。大賞にして電撃文庫で出すのか、大賞よりは格が落ちるメディアワークス文庫賞にするのか、あるいはレーベル違いとして落とすのか。ライトノベルをいかに評価するのか、という問題を考える上で興味深い。



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