山月記を簡単に、やまなしを難しくする



 以前も取り上げたが、カフカ『変身』はラノベよりもずっと読みやすい←日本語難易度推定をやってみた」によると、青空文庫の中で山月記が最も難しく、やまなしが最も簡単であるらしい。そこで、文意を損なわない範囲で、どこまで山月記を簡単に、やまなしを難しくできるかやってみた。一部、辞書を引かずに適当に訳しているので、間違っているおそれがあります。

   山月記



 隴西という所の李徴は頭が良くて、天宝のおわり、若いうちに役人になり、つぎには江南尉という位についたのですが、がんこで自分はすごい奴だと思っていたので、低い位では我慢できませんでした。じきに仕事を辞めた後は、故山のがん略という所に行って、一人でずっと詩を作っていました。低い位の役人になってひどい上司に使われるよりは、詩人として死んだ後も長く名を残せれば良いな、と思ったのです。しかし、詩人としてはなかなか有名になれず、生活は日に日に苦しくなってきました。李徴はようやく焦ってきました。その頃から見た目も痩せてきて、目だけやたらと光っていて、昔、進士の試験に受かった頃のほっぺがぷくぷくしていた美少年の面影はどこにも残っていません。数年後、貧乏が耐えられず、妻や子供の生活費のためについに妥協して、もう一度東に行って、一地方役人になりました。これは自分の詩にかなり絶望したからでもあります。昔の同級生はずっと偉くなっていて、昔、馬鹿にしていた連中の命令を聞かなくてはいけないので、以前は秀才だった李徴のプライドはとても傷つきました。不満で面白くなく、わがままが抑えきれなくなりました。一年後、仕事で旅に出て、汝水のほとりに泊まった時、ついに狂いました。夜中に急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分からないことを叫びながらそのまま下にとび下りて、闇の中にかけ出したのです。李徴は二度と戻って来ませんでした。付近の野山を探しても、何の手がかりもありません。その後李徴がどうなったかを知る人は、誰もいませんでした。
 次の年、監察御史という仕事をしている、陳郡の袁さんという人が、王様の命令で嶺南という所にお使いに行き、その途中で商於という場所に泊まりました。次の朝、まだ暗い内に出発しようとしたら、駅の人が言いました。
「これから先の道に人食い虎が出るので、旅人は昼にしか通れません。今はまだ朝早くなので、もう少し待った方が良いですよ。」
袁さんは、しかし、お供が大勢いるから大丈夫だろう、と思い、駅の人の言うことを聞かずに出発しました。月の光をたよりに林の中の草地を通って行った時、言われたとおり、一匹の強そうな虎が草むらの中から躍り出ました。虎は袁さんに躍りかかったように見えましたが、すぐに後ろを向いて元の草むらに隠れました。草むらの中から人間の声で「あぶないところだった」と繰り返しつぶやくのが聞こえました。その声に袁さんは聞き覚えがありました。驚きながらも、袁さんはとっさに思いあたって叫びました。
「その声は、私の友達の李徴君ではないですか?」
 

   やまなし



 これは矮小なる谷川の底を活写した二枚の群青たる幻燈である。

   一、皐月

 二匹の蟹の児童達が蒼白き水底で熟議を交わしていた。
『クラムボンは哄笑した。』
『クラムボンは奇々怪々たる音を立てて抱腹絶倒した。』
『クラムボンは跳躍して呵呵大笑したのだ。』
『クラムボンは奇天烈な音と共に爆笑したのだ。』
 垂直方向、及び水平方向は青暗き鋼鉄の如き眺望である。その平滑なる天井を、三々五々暗き気泡が流動した。
『クラムボンは破顔一笑していたのだ。』
『クラムボンは風変わりな音を発しながら相好を崩していたのだ。』
『然らば、クラムボンは何故哄笑せしか。』
『それは我の知る所に非ず。』
 粒子状の気泡が浮流している。蟹の若輩者達も連続的に伍六粒の気泡を噴出せしめた。その振動する様、さながら水銀の如き光沢にして、仰角四十五度の方位に上昇せり。
 つうと銀色の腹部を翻して、一匹の魚類が頭上を通過した。
『クラムボンは幽明境を異にした。』
『クラムボンは弑逆された。』
『クラムボンは白玉楼中の人となったのだ……。』
『残害されたのだ。』
『であるならば何故屠られた。』賢兄たる蟹は、その右側の四本の脚部中の二本を、令弟の平滑なる頭部に載せながら容喙した。
『とんと見当がつかぬ。』
淡水魚は再びツウと踵を返して下流の方角へと移動した。
『クラムボンは莞爾たる笑みを浮かべた。』
『朗笑した。』


 これを日本語難易度推定にかけてみた所、山月記は小学六年生レベル、やまなしは大学・一般レベルになった。ボキャブラリーが豊富なら、もっと行けるのかも知れないが、私ではこれが精一杯である。
 それはそうと、どちらの作業も中々勉強になった。白玉楼中の人となる(=死ぬ)なんて今回類語辞典を引かなければ、知ることはなかっただろう。

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