自分の書くものは特別ではない――五代ゆう&榊一郎の小説指南感想




 『五代ゆう&榊一郎の小説指南』(ホビージャパンMOOK)には「読者の満足が作家本人のそれに優先する。自己表現の手段じゃない」とか「沢山読め。最低千冊。」「コンセプトをはっきり決めろ。」「三題噺のような制限で自分のパターンから脱せよ」 などいくつかのことが書いてあるが、つまるところ、一つのことしか書いていない。それは「自分は真に新しい特別なものなど書けないし、自由に書いても傑作が書けるような天才ではないということを自覚しろ。」ということだ。これは一見簡単そうだし、作家志望者の誰もが薄々そうだろうとは思っているが、真の意味で自覚するのは難しい。私が作家になれないのも、この自覚が足りず、読者が分かってくれるだろうという甘さがあるからなんだろうなあ。

 本書は基本的に小説を書き始めるまでのことしか書いていない。これは、文章の書き方に力点を置いている多くの小説指南書との著しい違いだ。唯一文章に関して触れているのが「第一回ノベルジャパン大賞講評会」。編集担当者の松岡氏が次のようにコメントしている。

 技術的に、人称の混乱、視点の混乱、物語の舞台がきちんと描写されているか。という観点からいうと、全く破綻していない、という作品は正直少なかったのですが。
 まあ最初からそこまでの完成度を求めているかというと、それはまた別の話になるのですけどね。

 これを読む限り、少なくともHJ文庫編集部では文章はそれほど重視していないようだ。上記のようなミスは受賞後に直せるからだろう。それに対し、本書ではコンセプトや設定の作りこみを重視している。ポスト〈セカイ系〉としての『ギートステイト』と、ライトノベル作家の文体についての疑問(改訂版)で ライトノベル出身作家の書く文章が業務文書風で味気ない という指摘がありましたが、それは多くの作家や編集部が文章よりもコンセプトを重視しているからではないだろうか。

 その他には、五代ゆう氏の小説作例「リヴォルバー・シティ」が、ブラックロッドやマルドゥックベロシティを思わせるすごい力作なので、五代ファンは買いである。



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