モンスターメーカー――龍盤七朝 ケルベロス 壱 感想




(本稿は『龍盤七朝 ケルベロス 壱』の抽象的ネタばれを含みます)
 すごい小説が誕生した。『龍盤七朝 ケルベロス 壱』(古橋秀之著、メディアワークス文庫)である。
 「これは、一匹の怪物の物語だ。」本書の冒頭の一文だが、この小説そのものが怪物的と言ってよい。
 まず、キャラクターがすさまじい。特に規格外なのが覇王螺ーで、湯浴みに煮えたぎる油を使ったり、ちょっと動いただけで百人ぐらい死んだりする。普通、ここまではったりをかますと、リアリティを失ってしまうものだが、本書の場合、全てが生々しい存在感を発している。それは、武侠小説風の文体に加え、鮮やかな描写に拠る所が大きい。例えば、
「赤いひょう(金票)衣がまっすぐ後ろに伸び、突風にあおられたようにはためいている。まるで、木の幹が血を噴き出しているようだ。」
という文など、情景が目に浮かぶようだ。

 『ケルベロス』は明快なストーリーなので、あまり評論することはないのだが、唯一、クライマックスの螺ーの行動だけが不可解である。廉把はそれを、天候や大河に例えているが、自然現象は嗤ったりしない。嗤うからには何らかの意思があったのだと考えられる。
 『ケルベロス 壱』は「紙の造花」=日常の幸せを説く廉把と「黄金蘭華」=天下取りを主張する蘭珈の対立を軸に展開する。物語の終盤、廉把の説得が効いてきて、蘭珈が「紙の造花」を受け入れ始めた所で、螺ーの介入が入り、蘭珈は「紙の造花」と決別する。蘭珈達がケルベロスになるためには、「黄金蘭華」を選択することが必須条件だ。となると、螺ーはケルベロスを育成しようとしているのかもしれない。人間がポケモンを育てるのと同じように。
 ともあれ、すごい小説が誕生した。作者がこの怪物をいかに育てるか、楽しみでならない。



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