「きみ」と「ぼく」と「しろみ」感想
 千葉大文藝部二〇〇五年大祭本「きみ」と「ぼく」の感想です。去年と同様、一部誉めて一部揚げ足を取りました。当然自分のことは棚に上げて批判しているわけですが、批判することで自らも同じ過ちを犯していることに気付くので、プロのを読むより勉強になりますな。
 といいつつ、あまり有効な批判ができませんでした。作品の欠点が見えないのは読者としては幸せだけど、作者としては問題だよなあ。
 流音さんに大祭本は「きみ」と「ぼく」の他に「しろみ」もあるとの指摘をうけ、12/1に「しろみ」の感想を追記しました。「きみとしろみの壊れた世界」(=卵焼き)という小説を思いついた。
「きみ」感想
ほし	  羽乃	  	
文体やモチーフがハートウォーミングでメルヘンチックなイメージで統一されている所が良い。欠点は特にないと思う。この長さだし。
二人と一人	  荷風俊	  	
点滴を打たれるから死なないといった病院デティールが面白い。主人公の二つの魂を持っているという設定や、クリスが人を殺したことがあるという派手な設定があまり役に立っていない。
シスター	  草野カナ	  	
詩的で異化しまくった文章が独特の効果を挙げているんだけど、「同時に野球のユニホーム姿で振りかぶるスローモーションが去来して、中身の半端に残ったジュースが余計な重さを加算したヒットがそこから血を落とすのを手伝った。」はいくらなんでも捻りすぎだろう。「貧相で短絡的な一人の頭脳の内側を、目に見える形で表に浮上させ得るきっと人の器官の分類でランク付けしたら最も美しいものに挙げたい、五本指のそろいが丸い根本で繋がる黄色い手が、」なんかも、「彼女の手が美しい」という情報はそんなに重要じゃないし、単に「彼女の手が」と書くだけで、手に注目しているという情報は伝わるのでは。情報が断片的で、重要なことは示唆するに留めているのは上手いと思う。
ベースボール・マーダー	  中島明弘	  
トリックがしょぼい。だが、トリックがしょぼいことを自覚して手を打っている所は良い。読者がどう思うか計算して書くことは、読者にストレスを感じさせないために重要だ。
天悪	  柘榴意思	  	
34〜35頁の画像的な思念闘争がいかす。全体的に戦闘シーンの文章がスピーディーだ。長編の一部なんだろうけど、本作中でヴィとカイがどういう奴なのか語られてないので感情移入できず、二人がピンチになってもはらはらしない。
名前のない物語 第二話 〜目に見えないモノ〜	  久遠緋桜	  	
前半が後半と比べて明らかに現実感を欠いているところが上手い。リサの口調が軽すぎてそこだけ浮いている。 
酔―a story of a drunk who is sobbing―	  鳥獲	  
最後まで文体が崩れないし、たわいのない投げやりな駄洒落がはまっている。ラストもバランスが取れていると思うが、寂しいからというのはジェンダー論者から異議がでそうだ。
双つの封印	  ここのえ	  
設定が凝っていて独特の雰囲気もあるし、ファウストに載っててもそんなに見劣りしないだろう。ただ殺が今まで気付かないのはおかしいし、犯人が丸分かりなはずの夜薙が告発しないのも謎だ。 
千日紅	  清和普	  
祠に対する主人公の思いをそのまま書くのではなく、どういう経緯で祠に惹かれるようになったのかとか祠で過ごす時に何があったのかとか祠が壊されると知ってどう行動したかといった出来事を通して書くべき。言葉にならないものをそのまま掬い上げようという志は良い。
「ぼく」感想
目に映る世界	  夜風中	  	
ピアノの音という例がリアリティがあって魅力的なので、朝早く家を出たい気にさせられる。ささいなことだが、「いつもなら自転車に乗って数秒で通り過ぎる道。」の個所が少しひっかかった。「道」というと普通、通学路全体を思い浮かべるからだが、我ながらどうでもよい指摘だなあ。
果て2	  矢野聖樹	  	
展開がスピーディーで、話の軸がはっきりしているので分かりやすい。二人の主張は一般的には拮抗していると思うが、このストーリーでは、秋葉の方に圧倒的に分があるので、もう少し椎也の主張に説得力を持たせるエピソードを加えた方が良くないか。 
空間と句読点の利用による変化の習作 ――長距離走――	  ヒノル	  	
「息切れ」と「後方集団」は面白いが、「ゴール」と「思い出」は良く分からない。「息切れ」をもっと細切れにするとか、「山道」としてうねらせるとか、もっと過剰にいじった方が面白いと思う。
リミテッド グレイ	  南野逢	  
リストカットシーンがまじで痛い。狂った情念を感じる。茜が攻撃的になるのがやや唐突。いや、伏線は張ってあるんだけど。
海のお城のばかっぷる	  吉冨まあさ	  	
「あたしからたっちんを奪おうとした女だ」の自然なミスリードや、パンプスを脱いで素足で走るシーンなどに代表されるリアリティがありながらドラマチックなシーンなど、見習いたい。吉冨さん(と*さん)はあきらかに私より上手いので言うことなど何も無い。早くプロになっておくれ。
塩基性紫陽花色[チノイロ]	  柘榴意思	  	
紫陽花の色というモチーフが怪しくて良い。全く伏線を張っていないので、オチが微妙。あと、これで妖精を信じるならその前に信じるんじゃないか。どうでも良いが、もしかして浅井ラボさん好き?
わたぼこりの舞う頃に	  樋須閏	  
 
確かにこれは泣くだろうと附に落ちるラストシーンが素晴らしい。こどもの遊ぶ様がものすごくリアルだ。あえて言うならちょっと僕に甘いかなと思うけど、僕を糾弾する大人なんか出すと世界が壊れちゃうしなあ。大人になりそこねた原因の一つたる具体的エピソードを設定し、その断片を見せるとか。サリンジャーっぽい。
遠雷と白昼夢	  青波零也	  
 タイミング良く単文が挿入される文体が、雨のイメージと調和している。遠雷パートの情報量が少ないので、削るか白昼夢パートでは書けない情報を織り込むかした方が良いと思う。
*・・・11/21当人の希望により()内の名前を削除
「しろみ」感想(12/1)追記
名前の無い絵	  竜牙翼	  	
絵画ディティールが面白い。文体が昭和の文豪っぽい。トマトのリフレインは彫師と絵本作家を殺害したという暗示なの? そうだとすると、情報量が少なすぎ、違うとすると何が言いたいのか良く分からない。
鉄塔	  風薙流音♪	  	
あっというまにキャラクターを立ててしまう手並みが鮮やか。メタな所が面白い。事件を起こした責任がある〈マザー〉が出てこないせいで、悪い人がいないみたいになっているのはどうなのか。 
散歩好きな猫	  風星纏	  	
「飼いならされたら、いろんなものをなくしちゃう」というのが考え深いが、幼子を飼い猫に例えるのは無駄に不健全っぽい。オチに関してちょっと説明しすぎでは。
委託業務案内「ザ・スイッチ・ノット・フォー・ラスコーリニコフ」	  風葉一	  
過剰な描写が誘発するタイプの笑いを書ける人材は貴重だ。特に「『トリプル・マウンテン・チョコ・サンデー』を二つ」がうけた。「相対的に行って先の眼鏡を掛けた少年が長身である以上に背が低い。」は文章が変。姉御が偽名を使わないのは誠実さの現れなの?
《世界の中心、リカちゃん》	  柘榴意思	  	
とりあえず笑った。突っ込みどころ満載だが、突っ込みどころ満載な所が面白いので突っ込み様がない。クレイジーだ。
Blue Light	  月詠	  	
全く心の準備が出来てなかったのでダメージがでかかった。いくらなんでも主人公があっさり受け入れすぎだろうと思うが、ファンタジーだからこれで良いのかも。
誰がために夢を見る	  D	  
怖いよ〜。伏線がきれいだし、自分ではどうでもできないことが恐ろしいというのは鋭い。仕事の内容がやや抽象的すぎる。あと、労働基準法があるので、プロジェクトに欠陥があったくらいで即クビにはできないはず。
深雪のルシア	  藤蔭白兎	  
ストーリーがテーマを示すのに端的だし、これも伏線が見事。自らの生き方について考えさせられる。エシーラの行動は納得がいくのだけれど、それでも死にたくないとも思うんじゃないか。そこら辺の葛藤をもっと書いた方が陰影が出ると思う。
お好み鉄破!	  〜葵〜	  
ベタな要素に絞り込んでいるので、展開に無駄が無い。もっと「アストロ球団」みたいな馬鹿すぎる必殺技とかが登場するとより楽しい。
客寓の火	  杞霞友耶	  
殆どがキャラクター同士が会って話をしているだけでメリハリがないので、鼎の正体の謎について伏線を張ってクローズアップするとか、読者に頁を繰らせる要素が欲しい。民族学的背景の作り込みはすごいし、文章は格調高い。
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