何故自分が面白いと思うことをやると売れないのか




 竹熊健太郎氏と赤松健氏の対談を元にした記事「自分が面白いと思うこと」をやるべきか?「他人が面白いと思うこと」をやるべきか?は労作で、考えさせられた。記事では「自分が面白いと思うことをやる」と「他人が面白いと思うことをやる」の対立を軸に構成され、前者は後者に比べ、作者は楽しいが売れない。どうすべきかが論じられていた。では、「自分が面白いと思うことをやる」と売れないのだろうか。
 赤松氏は「楽しみ代」という概念を提唱し、「楽しみ代がいっぱいかかるジャンルは、描いてて楽しいからみんな来て、執筆人口がとても増えるんです。すると原稿料も安くなってもうからない。」と説明されているが、竹熊氏のようなマニアックな漫画の執筆人口が非常に多いとは思えず、説得力に欠ける。だが、経験則上「自分が面白いと思うことをやる」と売れないのは確かなようで、何か別の原因があるはずだ。

1作者の好みが読者とずれている
 まず思いつくのが、作者の好みが読者とずれているせいで売れないという説だ。
 確かに、喜ぶ人が日本に数十人しかいないような内容のものを作れば、それは当然ろくに売れないだろう。だが、一般的に考えて、作者の好みがそれほど読者とずれるものだろうか。
 例えば、百人に一人しか作者と好みが一致する人がいないとする。作者がテレビの構成作家だったら、視聴率は1%なので、全然駄目だ。だが、作者が作家や漫画家だったら、売上は日本国内だけで127万部に達する大ヒットである。もちろん、作者と好みが一致する人全員が本を買うわけではないので、そう上手くはいかないだろうが、1%しか同調者がいないようなマイナーな好みの作者でも、百万部以上売れる可能性があるとは言える。実際はよりメジャーな好みの作者も多いはずだ。
 作者が自分の好みの内容を書くと売れないという法則が成り立つためには、あらゆる作者の好みが読者の好みと著しく乖離している必要があり、作者がそれほど変人ぞろいとも思えない。従って、「作者の好みが読者とずれている」せいで売れないという説は疑わしい。

2読者が読みたいものって何だ
 そもそも、読者が読みたいものとは何だろう。大規模なアンケート調査でもやれば、分かるのかも知れないが、個人でやるのは難しい。
 作者が採りうる戦略としてまず考えられるのが、売れてる本を分析し真似をすることだ。いわゆる二番煎じである。この方式は、大コケしにくいが、大ヒットもしにくいという特徴がある。例えば、ライトノベルにおける大ヒット作、スレイヤーズ、ブギーポップ、戯言シリーズ、涼宮ハルヒなどは、当時のライトノベル界の主流とは全然違う作風で勝負したが故に、読者に新鮮さをもって受け入れられ、大ヒットにつながった。二番煎じでは、そのような大ヒットは望めない。ローリスクローリターンな戦略と言えよう。
 もう一つ考えられるのは、人間の基本的欲求に沿った内容にするということだ。本では読者の食欲や睡眠欲は満たせないので、必然的に性欲を満たすしかない。要はエロを盛り込むという戦略で、ライトノベルでは常套手段である。この戦略は、エロい層を確実につかめるために底堅いが、エロいものに眉を顰める層を遠ざけてしまうため、読者層が限られてしまう。先程上げた大ヒットライトノベルや、ワンピース、ナルト、君に届けなどの大ヒット漫画はどれもさほどエロくない。二番煎じ戦略同様、エロ戦略もローリスクローリターンなのだ。

3作者が書きたいものと読みたいものは違う
 1、2で考察したように、作者が読者の好みにあわせて書く戦略は、必ずしも良い戦略とは言えないように見える。にも関わらず、赤松氏らの経験則上、「他人が面白いと思うこと」をやると「自分が面白いと思うこと」をやるより売れるのは何故だろうか。
 直木賞作家の道尾秀介氏は常々、「自分の読みたいものを書いている」と公言されている。自分が面白いと思うものを書いているにも関わらず、道尾氏はベストセラーを連発している。道尾氏は例外的存在なのだろうか。
 気づきにくいことだが、「作者が書きたいもの」と「作者が読みたいもの」は異なる。私の場合、読みたいものは書きたいものより明らかにリーダビリティが高く、エンターテイメント寄りな傾向がある。何故そうなるかと言うと、作者と読者には情報量の差があるからだ。
 例えば、将棋に詳しい人に対してなら「俺は早筋違い角を仕掛けた。」と書けば伝わるが、良く知らない人にはさっぱり分からない。これが情報量の差だ。
 作者は自分が書いた作品のことを誰よりも良く知っている。裏設定や細かい伏線を熟知しているし、扱うジャンルのことも普通の読者よりは良く知っていることがほとんどだ。従って、説明不足になりやすい。また、苦労して書いているので愛着があり、あばたもえくぼとばかりに、瑕疵を直さずに残してしまいがちだ。
 自戒を込めて言うと、作者が書きたいものを書くと売れないのは、客観的視点を欠いているからではないだろうか。
 道尾氏は ハッピーブックキャンペーンのインタビューで、「僕は同じ本をほとんど読み返しません。だから自分の小説も、一回しか読まれないことを前提に書いています。」と書かれていた。大変ためになるアドバイスだと思う。

4結論
情報量の差を考慮せずに自分が書きたいものを書くと、読者には説明不足になってしまい売れない。
作者は客観的視点を持って自分が読みたいものを書け。




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