さよなら妖精 感想



 イラクでは戦争が続いている。東南アジアでは津波で何万人も人が亡くなった。それに引き換え自分は何不自由もない生活で、悩みと言えば必死になって打ち込みたい何かを持たないことくらい。テレビの向こうの惨劇に心を痛めはするけれど、自分に出来ることはあまりに少なく、かの地はあまりに遠い。
 米澤穂信さんの『さよなら妖精』はこんな葛藤をテーマにした小説だ。主人公守屋の住む街にやって来た少女マーヤがあまりに遠い国と自分たちの手の届く範囲の世界とを結び付ける。結局の所、この小説は守屋と遠い国の話として捉えることが出来る。マーヤによって一気に近くなった遠い国。守屋は遠い国なら何かを見つけられるのではないかと思う。しかしマーヤはそれを優しく、しかしきっぱりと拒絶する。衣食足りた世界に住んでいながら、悲惨な遠くの国に憧れることは許されない。遠い国はやはり遠い国なのだ。
 ならば我々はどうすればよいのか。一つの答は守屋の友人、文原の様に「手の届く範囲」のことのみに打ち込むという生き方だ。しかしながら、それでは満足できない人もいる。守屋のように。そしておそらく作者もまた。
 この小説は『イリヤの空、UFOの夏』と同じ構造を持っている。イリヤでは異世界が舞台だったが、本作は現実世界の出来事だ。「イリヤの空」は決して手の届かない場所だが、本作の「遠い国」は存在している。そして、地震被災者にせよホームレスにせよネット自殺者にせよ、「遠い国」の住人は頑張って手を伸ばせば届く範囲にだっていくらでもいるのだ。
 現時点で守屋は何かを見つけられなかったが、それは作者がこの問題の困難さと向き合っているからだ。いつか作者がこの問題を乗り越え、何かを掴む人のことを書いてくれることを期待したい。


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