東雲文藝05――落語


おしどり


東雲長閑


 最近の子供は我慢が足りなくてすぐ物事を投げ出すなんて言います。少年ジャンプってえ漫画雑誌がありますが、昔、そこの雑誌の編集長が、子供が好きな言葉は「友情・努力・勝利」だから、この三つを含んだ漫画にするよう指導していたって聞きます。でも今の子供は努力なんてまどろっこしいものは嫌いですから、超能力みたいなものでぱぱっと力を手に入れる方を好むそうです。
 しかしまどろっこしいのを嫌いなのは今の子供に限ったことじゃござんせん。江戸の町人なんてぇのは、気が短いもんですから、こつこと働いて小金を貯めてなんてこたぁしません。普段は長屋でぷらぷらしていて、いざ、どうしても食うに困ってから働きに出るわけですから、今のフリーターより根気がないわけでございます。
 そんな中でも一際根気のない上に悲観的な奴がおりまして、名を鳥助。通称おしどりと呼ばれておりました。と言うのも、このおしどり、何かにつけてはすぐに”おしめえだ”と言い出すもんで、おしまいの鳥助、略しておしどりってぇ訳です。
 このおしどり、何事もすぐに駄目だと思っちまう。転んでちょっと膝をすりむいただけで、”俺はもうおしめえだ”と葬式の用意を始める始末。黒船がやって来たと聞けば”幕府はもうおしめえだ”とこれはまあたまたま合っていた訳ですが、とにかくあきらめるのが早いったらありゃしない。

 そんなおしどりがある時、長屋のみんなで花見に出かけまして、上野のお山に着いたと思うと、おしどりが、
”花見はもうおしめえだ”
”おいおい、何言ってやがる。まだ花見を始めてもいねえじゃねえか。”
”もうおしめえだ。これから大雨になっちまう。”
”どこが大雨だ。雲一つないお天気じゃねえか”
”あそこの西の空にぽつんと一つ雨雲が浮かんでいるだろう。あれがここまでやって来たら大雨になってずぶぬれになっちまう。そうするってえと、肺病になっちまうが、なんせ、上野の山にいる奴ら全員が肺病になっちまうから、医者はてんてこ舞いで、診てもらえねえ。仕舞いにはお陀仏だ。そんなおっかないことになる前に、花見なんざあお開きにして帰らなくっちゃあいけねえ。”
”こいつは何を馬鹿なことを言ってるんだ。そんなごたくは良いから、昨晩みんなで調達した食い物を出しな。”
”ああ、食い物ならないぜ。”
”何だと。お前に任せたからな、とくれぐれも念を押しただろう。なのに何でねえんだ”
”ああ、昨晩よっく考えたんだが、春は食い物の痛みが早い。そんなもんを食ったら腹痛になっちまうが、なんせ上野の山にいる奴ら全員が腹痛になっちまうから、医者はてんてこ舞いで、診てもらえねえ。仕舞いにはお陀仏だ。そんなおっかないことになっちゃあいけねえってんで、食い物は俺が全部食っちまったぜ。”
 
 とまあ、そんな調子で、始終大目玉。仕事をしても、勝手にもうおしめえだ、と店じまいを始める始末でどの仕事も長くは続きません。日がな一日ただぼーっと突っ立ってるおしどりを見かねた大家さんが、仕事を紹介してくれました。
”いいかい。今度こそやたらと”おしまいだ”なんて投げ出すんじゃないよ。”
”分かりました。この鳥助、おしどりの名に恥じぬよう――”
”おしどりの名に恥じなくてどうすんだい。とにかく、頼んだからね。”
こうして鳥助は働き始めたのですが、帳簿を見てみると、大赤字です。
”うわあ。こいつはここもおし――”
”何だい鳥助。言いたいことがあるなら言ってごらん。”
上役の人が尋ねます。
”おしぼりを持って参りましょうか。”
”いや、いらないよ。”
何とか言葉を飲み込んだ鳥助がなおも帳簿を見ていますと、森の中に誰も通らないような道をこしらえています。
”こいつはいよいよもっておしめ――”
”今度は何だい。”
”おしめを持って参りましょうか。”
”失礼な奴だね。私はまだそんな歳じゃないよ。”
しかしながら、くせというのは恐ろしいもので、茶など飲んでくつろいでいるとふと言ってしまいます。
”いやあ。もうおしめえだなあ。”
上役が血相を変えて飛んできます。
”何てことを言うんだい、君は。我が組織は未来永劫なくなりませんよ。重要な天下り先なんだ。”
”私は茶がもうおしまいだ、と言っただけでございます。”
”それなら良いんだ。”
しかしながら、サブリミナル効果というのは恐ろしいものでして。鳥助が年がら年中”おしめえだ”と言うもんで、職場の連中も、この職場はもうおしまいなんじゃないか、という気になってきて、行政改革担当大臣に抵抗する気も失せてしまいました。
 独立行政法人の緑資源機構の解体の影には鳥助の活躍があった、とこういう話です。
 おあとが宜しいようで。



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