東雲文芸07――官能小説
マントラセックスにうってつけの日
東雲長閑
「どうして動かないの。」
美苗は浩二に訊いた。上に乗ったままの姿勢で浩二が答えた。
「今日はマントラセックスをしてみようと思うんだ。」
「何、そのマントラセックスって。」
「インド式のスローセックスのことさ。本式のマントラセックスは数日間かけて行うんだけど、今日は手始めとして六時間かけて実施したいと思う。」
「六時間! 」
美苗は額に手を当てた。
「六時間もあったら本が三冊も読めるじゃない。そんな謎方式はやめてちゃっちゃと終わらせようよ。」
「君のそういう考え方は感心しない。」
浩二は重々しく言った。
「現代人はしばしば情報ばかりを重視して、感性がおろそかになっているのではあるまいか。」
「なるほど。その指摘は一理あるかもしれない。妥協して三十分だけ付き合ってみよう。」
二人は動きを止めたまま、見詰め合った。
三十分後、美苗がリモコンでテレビを点けた。大河ドラマのテーマソングが流れ出した。
「何てことをするんだ。せっかく高まった気分が台無しだ。セックスは二人の共同作業なのに、君はその和を乱すのか。」
「私が大河ドラマを毎週楽しみにしていることは知ってるでしょう。セックスは互いを思いあう気持ちが大切なのに、浩二には相手の気持ちを慮る能力が欠けているよ。」
浩二は身を起こすと腕を組んだ。
「確かにその通りかも知れない。だが、大河ドラマは土曜の再放送で見れば良いじゃないか。」
「マントラセックスこそ今度の土曜日にすれば良いじゃない。」
「しかしマントラセックスには既に三十分を費やしているんだ。今止めたらその三十分が無駄になるじゃないか。」
「それ、無駄な公共事業を止められないのと同じ理屈ね。道路の一部だけ造っておいて、この部分が無駄になるから残りも開通させようという。」
「無駄な公共事業扱いは酷いんじゃないか。そういうことを言うんなら、こちらにも考えがある。」
浩二は美苗からリモコンを奪い取ると、テレビを消した。リモコンを遠くに放り投げる。
「何すんじゃわりゃあ! 」
柔道の心得のある美苗は変形の隅落としを掛けると、マウントポジションを奪い返した。そのままテレビの側まで浩二もろとも体を引きずっていく。手を伸ばしてテレビ本体の電源を点けた。
そのままテレビの前に陣取って鑑賞を始める。
「そっちがテレビを見るんなら、こっちはゲームをしてやる。」
浩二は手を伸ばすとニンテンドーDSを取った。『レンコン教授と蓮畑』を始める。
二人はしばらくテレビとゲームに集中した。
やがて、大河ドラマが終わり、美苗はテレビを消した。浩二はゲームに夢中になっている。美苗は突然、激しく動いた。浩二が叫び声を上げた。
「何すんねん! 折角あと一歩で黄金の蓮を手に入れられる所だったのに。」
「む。そんなにゲームが好きなら、いつまでもしているが良いわ。私は仕事の資料を作るから。」
美苗は浩二の腹の上でノートパソコンを広げると、Excelの表を作り始めた。
「む。そんなに仕事が好きなら、いつまでもしているが良いわ。俺はもう寝るから。」
浩二は枕を引き寄せると目を閉じた。
「む。そんなに寝るのが好きなら、いつまでも寝ているが良いわ。私は歌うから。」
美苗は趣味のオペラを歌い始めた。
「む。そんなに歌うのが好きなら、いつまでも歌っているが良いわ。俺は―― 」
トップページに戻る
ひとつ前の東雲文芸に進む