東雲文芸10――伝承
ナーガルジュナの伝承
ナーガルジュナは西暦二百年頃のインドの仏教僧だ。代表作『中論』は大乗仏教の論理的支柱となった。インドには記録を文字で残す習慣が無かったため、ナーガルジュナの生涯については謎が多い。これから紹介する伝承は、彼の数々の伝承のうちでも、珍しく、真偽のはっきりしているものだ。
ナーガルジュナは若くしてこの世のあらゆる学問を習得してしまい、欲望のままに生きることにした。彼は三人の友人と共に、身隠しの薬を調合した。姿を消した四人は王宮のハーレムに侵入し、次々と女を犯した。突然妊婦だらけになった王宮は大混乱に陥った。
王は一計を案じ、門に砂をまき、数百の勇士を配して待った。ある夜、果たして、門の敷石に足跡が現れた。勇士共は一斉に刀を宙に振り回した。ナーガルジュナの三人の友は、あるものは腹を割かれ、あるものは首をはねられ絶命した。王の身の回り七尺は刀の及ばぬ聖域である。ナーガルジュナは何とか王の傍らに逃れ、一息ついた。ところが、王は落ち着きのない性分だった。しばらくすると、玉座の周囲を歩き始めた。ナーガルジュナは忍術を学んでいたので、足音を殺してぴったりと後ろを着いていった。すると、今度は王が踊り始めた。ナーガルジュナは舞踏術をも学んでいたので、ぴったりと王の動きをトレースし、舞った。すると今度は王は突如として走り出した。ナーガルジュナは運動工学を学んでいたので、王の走りについていくことが出来た。王は中庭をぐるぐると走り、門の前を横切った。ナーガルジュナはぴたりと王の後ろを着いていった。門前の砂には二人分の足跡が現れた。
ナーガルジュナは心の蔵を突かれて絶命した。
完
(08.04)
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