最近の東雲
時は金なり
本当にどうしようもない時。メーターの針が振り切れてしまった瞬間のことを言語化するのは難しい。
脳内ではうわーとかやっちまったとかどうしようとかどうしようもないとかどうにかならないのかとかだれかたすけてとか明瞭な思考として立ち現れる以前の感情がぎゅんぎゅんとうずまいていて、それを他人事のように考えている別人格があーあやっちまったよとか考えている。
羽田空港のカウンターで私は立ち尽くしていた。
その日の朝、仕事で11:45発の稚内行きを予約していた私は家でだらだらしていた。朝食を食べ終えてからも、荷物の確認をしたりとぐずぐずしてなかなか出かけない。その仕事は私が初めて現場に行く仕事であり、半月にも渡る仕事でもあった。プレッシャーから、なかなか出かけたくない思いがあったのかも知れない。結局、家を出たのは9:30だった。駅に着くと丁度羽田空港行きの急行が出た所だった。次の電車が出るのは15分後である。
15分後! 十時丁度。駅すぱあとによると、羽田空港駅までは最速一時間半。チケットを見る。搭乗手続きは出発時刻の15分前までにお済ませ下さい。
ここに至って漸く私も事態の深刻さが飲み込めた。何と空港駅までは一分の余裕も無く、しかも空港駅から搭乗手続きカウンターまでは0分では行けないのである。
その後の私はそれでもまあ最大限頑張ったと言えるだろう。駅員さんに乗り継ぎを確認してルートを変更し、乗り換えでは常に息を切らして疾走し、電車が4分も遅れて頭に血が上るのをこらえ、東京モノレールがのんびり走っているのにいらいらし、9:30丁度に羽田空港駅に降り立ち、階段を駆け上がった。出発時刻の15分前を過ぎてしまった方は係員までお知らせ下さい。というアナウンスが流れている。ANAのカウンターに駆け寄る。荒い息のまま、航空会社の女性に遅れた旨を伝える。職員の人は、パネルを叩いていたが、時計を見ると仕切りの奥へと入っていった。職員専用のルートで発券してくれるのだろう。何とか間に合ったことに安堵し、息をついた。
しかしながら、職員さんが中々出てこない。一分経ち、二分経ち、疑念が膨らんで来てまさかそんなという想いがそれを必死で覆い隠しそして扉が開いた。
「申し訳ありません。もう飛行機の扉が閉まってしまったので、発券出来ません。」
あえて言うなら、「ありえない」という名の一辺5mくらいの立方体が頭にずーんと乗っかったみたいな感じがした。
だって初めての一人出張でいきなり遅刻なんてやばいとかそういう次元の問題じゃないだろう社会人失格だろう人間失格じゃないかそもそも何で遅れたんだだらだらしてただけじゃないか13分前くらいには着いていたのに間に合わないなんてことがあるのかこんなことがあって良いのか何か一発逆転は起きないのか飛行機が欠航になって他の人も着けないなんてことにはならないかこの悲壮な気持ちが会社のみんなに伝わらないのか出来るなら土下座だろうが何だってするのにこの乗り遅れを無かったことにすることは出来ないのかあっ。
「明日の便でしたらお取り出来ますが。」
「それは論外です。」
唸り声を上げてそこらじゅうを破壊してまわりたいのを何とか抑える。
「乗り継ぎ便になりますとかなりお値段が高くなってしまいますが。」
「しょうがないです。」
私が放心している間に、別の場所へ案内され、予約が解約され、札幌経由の航空券が発券された。心配した職員の人に先導され、搭乗口へ向かう。携帯に会社の番号が登録されていない。歩きながら鞄を引っ掻き回してやっと出て来た現場責任者の番号にかける。
「すみません。飛行機に乗り遅れました。」
その責任者とは初対面である。これほどひどい第一印象もないだろう。
私はよろよろと十二時丁度発の札幌(新千歳)行きに乗り込んだ。金属探知機で引っかかったベルトを外したままなので、ズボンがずり落ちぎみだった。
稚内空港から宿舎までは車で何時間もかかる。一緒にレンタカーに乗っていくはずだった人たちが、予定通り先に行っていれば、電車なり何なりを使って自力でたどり着かねばならない。果して今日中に着けるだろうか。逆に、空港で何時間も待っていてくれたら、それはそれであまりに心苦しい。これから向かう北の空には暗澹たる未来しか待っていないように思えた。
が、奇蹟が起きた。
札幌から稚内に向かう飛行機で、秋田からやって来た人たちと合流できたのだ。不幸中の幸いを絵に描いたようだ。お陰で何とか無事、宿にたどり着くことができた。
ちなみに「高くなったお値段」は一万八千四百円だった。・・・・・・まあ、授業料ですな。
(05.1)
トップページに戻る