最近の東雲



植木パラブーツの謎


 母が靴を買ってやると言い出した。雑誌で紹介されていたとかで、良い靴は一生物なので、安い靴を履き潰すよりも得だと力説している。私は、今履いている靴の足袋のような履き心地が気に入っているので、拒否したのだが、母は、もう電話で場所も聞いているのだと譲らない。すったもんだの末、私が一人で買いに行くことになった。

 くだんの店は、南青山の骨董通りにあるのだという。南青山と言えば、「南青山少女ブックセンター」に代表されるような都会中の都会。おしゃれの極みとも言うべき街である。地下鉄の駅を出、骨董通りを進んでいくと、私でも聞いたことのあるような有名ブランドの店がごろごろしている。こんなところに店を出していては、商品代の半分くらいは土地代なのではあるまいか。何だか買う前から損した気分になりつつも、私は鞄から紙片を取り出した。それは、母が電話で店に場所を聞いた時にメモを取ったものだ。それはこんなものだった。

 コットー通
 ハンティングワールド ケンゾー右手
 植木 パラブーツ 青山店 

メモの通りに進んでいくと、果して道の右手にハンティングワールドとケンゾーが並んで立っていた。私は両店の間の小路に歩を進めた。そこは裏通りながらも、隠れた名店風の店がぽつぽつと軒を並べている。私は「植木パラブーツ、植木パラブーツ・・・」と唱えながら、看板を一つづつチェックしていった。途中、それらしい、英国製紳士靴店があったのだが、凝ったイタリックの看板をなめるように見ても、明らかに「植木パラブーツ」とは読めない。そうこうする内に、路は終わって大通りに出てしまった。取って返してなおさら念入りに探すが、まるで見つからない。季節はずれの暑さで、脱水症状ぎみだ。仕方ないので、地域の小スーパーみたいな店に入って聞くことにする。店内ではランニングシャツ一丁のおじいさんが世間話をしており、南青山と言えど、気取ってない人も住んでいるのだなあと感心する。私はペットボトルのお茶を手に、レジに並んだ。
「あの、植木パラブーツ という靴屋さんをご存知ないですか。」
店長と思しき男性は、「植木さんねえ。」と首を捻っている。
「最近できた店ですか。」
「いえ、そこそこ伝統があるそうですよ。」
結局、店長は分からず、紙に近所の靴屋一覧を図示してくれたが、がっくりした私はそれを受け取らず、店を出た。こんな地域密着型の店の店長でも知らないなんて、目茶苦茶隠れた場所にあるのだろうか。ノックをし、合い言葉を言わないと入れないとか。とにかく私は、家に電話をかけるべく、公衆電話を探しに大通りへ戻った。その日は携帯電話を家に忘れていたのだ。
「植木パラブーツなんて店ないんだけど。」
「植木? ああ、植木が目印だって言ってたからそうメモったんだよ。店の名前はパラブーツ青山店。」
と言う訳で、その後はあっけなく店へとたどり着いた。

 肝心の靴だが、底が厚くて歩きにくく、会社でばたばた音を響かせて歩いていて、「歩き方変えた? 」と指摘された程だ。しかしながら、数日履いただけで、ぐっとなじんで普通に歩けるようになったので、高いだけのことはあるようだ。 (05.6)



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