最近の東雲
第五回文学フリマ感想
2006年11月12日に秋葉原であった、毎年恒例の文学フリマに行った。まずは会場をざっと回ってから、メルボルン1(柴崎友香、長嶋有、名久井直子、福永信、法貴信也)の列に並ぶ。列は会場入り口まで数メートル続いており、最後尾に並ぶと、前の人から「メルボルン1の最後尾です」という札を渡された。それを左手で掲げながら、右手で『ライトノベル評論?』を読んでいると、次の人が並んだので札を手渡した。だが、その人は「やっぱり止めました。」と札を返して去ってしまい、真に札係を交替したのは三分ぐらい後だった。
やがて列が進み、前に人が切れると、メルボルン1のブースの前の短い列に誘導され、「これを高く掲げるのだ。」と「ここは列の途中です」という札を手渡された。で、この誘導をやっていた兄ちゃんが福永信さんだった。あの『コップとコッペパンとペン』の福永さんである。まだ心の準備が出来てないよ! 福永さんは、いかにもああいうトリッキーな小説を思い付きそうな方であった。
メルボルン1を買うと、全員にサインして頂けるのだが、そこで自分の名前(東雲長閑)を紙に書いた所、皆様が「かっこいい名前だ」と言って下さったので、天にも昇る心地がした。おまけに福永さんにはサインの脇に「かっこいい・・・名!」と書いて頂いた。何があろうとも生涯この名を使い続けるぞ。
その後、いくつかのブースを回ってから帰りの電車に乗り、メルボルン1を開いた。まずは福永さんのを読もうと思い、ページを繰ったが載っていない。代わりに真ん中辺のページがダブっていた。なんて斬新な構成! と思ったが、いくらなんでもそんなことはあるまい。思い切ってとって返し、事情を説明すると、快く交換に応じて下さったばかりか、元のもくださったのでかえって得をした。作家というと気難しい人間失格なイメージがあったが、メルボルン1の方々は人間力が常人より高かった。どうも有難うございます。
以下、買ってきた本の感想です。
『Melbourne1』
小説の可能性を示すショーケースみたいな短編集。
『レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー』(柴崎友香)は完全に客観性を削ぎ落としているところが斬新。
『ずっと五分間』『シャボン玉ひとつ』『消印』(福永信)は登場人物四人が各自勝手に行動しているのに関係性とそれに伴う温かみが生じているところが斬新。
『舞台動物』(中原昌也)は夢のような意外すぎる展開が斬新。
『峠』(ほしのよりこ)は何が言いたいのか良く分からないところが斬新。
真ん中に三角形のぴらぴらがついている装丁も斬新。
特に、『オールマイティのよろめき(2nd Flight)』(長嶋有)は飛行機で隣り合わせになった乗客三人の様子を書いているだけという制約だらけの設定なのに抜群に面白くて驚いた。細かいカットを繋ぎあわせたアニメ版『涼宮ハルヒの憂鬱』を思わせるような手法でおかしみを出していて、小説でもこんなことが出来るのかと感心した。
座談会風インタビューの『穂村弘と三人』では詩と小説について「ワンダーとシンパシー」という軸できれいに整理してみせた穂村発言によって視界が開けた。
『ライトノベル評論? VOL3』(MTI)
ラノベ界の乱読王、榎本兄弟が参加して選んでいるだけあって、ベストセラーでもネットで話題になった本でもない、実力者がこつこつ書いたみたいな本が多く紹介されているのが特徴。書評自体は内容が良く分かるかっちりとした出来だが、同じ分量の書評がずらずら並んでいて単調な構成なのが難点と言えば難点か。
『ニシオイシンメトリカル 戯言遣いと五匹の黒猫たち』『月猫通りNo.2113』(新月お茶の会)
『ニシオイシンメトリカル』は「いーちゃんがまともに戦ったのは犬だけですよ」「戯言というのは男に効かないんですよ」といった毒舌満載で、最初は笑って読んでいたのだが、戯言シリーズを面白がっている厨房より俺達の方が上だぜ、みたいな匂いにだんだん哀しくなってきた。良さが分からない作家の本より、好きな作家の本を作れば良いのに。
そういう意味では『月猫通りNo.2113』の桜庭一樹特集は山田桜丸時代の本まで読んで、ナースコスプレ写真が載っていることやてんとう虫コミックスの原作をしていることなどを発掘したりと、熱意があって良かった。宇佐美さんが「桜庭にとってそういうテーマ的なこととかはどうでもいいんじゃないか」と指摘していて、確かに桜庭さんにはそういうライター的な面もあるのだけれど、『赤×ピンク』が全然売れなかったのにその後も少女が都会にやってくる話ばかり書き続けているのは、やっぱりそのテーマが書きたいからなんじゃないかと思う。
『記憶のなかの絵本 保坂和志 長嶋有 岡崎乾二郎 ぱくきょんみ interview』(四谷アート・ステュディウム)
和綴じの小冊子四冊セットという凝ったつくりのインタビュー集。絵本についてほとんど何も覚えていない保坂さんと、とてもくわしく語る長嶋さんの対照が面白い。長新太さんのひげの長い象の絵本の話が印象深かった。あと、私が自作の小説で死んでしまったアンモナイトの話を書いたばかりの時に、岡崎さんが死んでしまった恐竜について語っておられるのを読んで、殆ど同じことを考えているのでびっくりした。そしてこれにも福永さんが関与してる!
『ノーディスクレコーズサンプラー01』(桑島由一)
CD同封の歌詞カードみたいな装丁がいかす小冊子。ただこれ自体は小説の冒頭だけが載ったお試し版なので、内容に関しては何とも言えず。核シェルターの話が面白そう。本編の方を買ってくれば良かった。
『幻魚水想記 第五話 鱸とカンナと赤ん坊』(野田吉一)
腐った魚のような日常との対照で、クライマックスの海のイメージが美しく大きい。色んな文体を使い分ける方だなあ。
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