最近の東雲



身延線の親子



 出張の帰り、身延線の無人駅から一人で帰ることになった。
 時刻は昼。待合室では七人ほどのおばあさん達が談笑している。
 電車は一時間に一本程だが、幸い二十分後発の便があった。
 駅前のパン屋でカレーパンとドーナッツを買う。初夏なのに、店内は薄暗く、ひなびている。
 線路を渡って誰もいないホームに入る。ホームからゆるやかにカーブした線路が伸び、その向こうに緑の山が見える。
 ベンチに座ってカレーパンを食っていると、幾人かの乗客が入ってきた。
 中学生数人と若い二人連れ。そして中学生の男の子とその母親。
 男の子がテストの出来を話している。
「数学のテストは何も書かんかった。先生が回ってきた時だけ、こう何か書いてるふりをして、他の時は外を見てた。」
ベンチに座った母親がのんびりと言う。
「出席番号くらいは書けば良かったのに。」
「当たり前じゃん。」
出席番号くらいは書いたみたいだ。
「音楽はこの曲名は何かっていう問題が出て、『運命』って書いた。運命を作ったときのベートーベンの気持ちを書けっていう問題が出て、それは解答用紙に書ききれんほど書いた。」
電車が入ってきて、乗り込んで、その親子とは離れた席に座った。
 この親子とはもう会うことはない、と思った。

 電車が動き出す。そういえば、待合室の老女達は、電車を待っていたのではなかったようだ。

(08.08)



トップページに戻る