最近の東雲



ジャフは心を一つに



 出張先の山奥で先輩の運転するハイエースがスリップし、ぬかるみにはまった。左側は斜面になっており、転落の危険がある。先輩が携帯電話でジャフを呼んだ。
 ところが、待てど暮らせどジャフがやって来ない。私は分かれ道の所で一人待っていたのだが、一時間経ち、二時間経ってもやってこない。その間、通った車は一台だけ。歌を歌いながら待っていたらのどが痛くなってきた。三時間後くらいにようやくジャフがふもとの村に到着した。どうもあまりに山奥すぎて道に迷ってしまったようだ。
 ジャフのおじさん(以下ジャフ氏)は現場を見ると、車を取りにふもとへ戻って行った。ところがなかなか帰ってこない。ミッションインポッシブルと判断し、とんずらしたのかと思ったら、車が途中までしか入れなかったとのことで、機材を持って歩いて上ってきた。
 ジャフ氏はワイヤーを右手の斜面の木の幹に巻きつけ、もう片方を車の全部バンパーに固定した。ワイヤー巻き取り器を前後に動かし、ワイヤーを巻き取っていく。車はじりじりと前進した。ワイヤーを巻ききってしまい、つなぎ変えている内に、完全に日は没し、周囲は完全な闇に包まれた。
 タイヤに板を噛ませたり、悪戦苦闘したあげく、ようやくぬかるみからは脱出した。しかし、このままバックしたら、再びぬかるみにはまる危険が高い。ライトの灯りだけを頼りに、ワイヤーをつなぎ換え、今度は車の後部につなげて右に引っ張る。ジャフ氏がワイヤーを巻き取り、先輩が車に乗り、私が横から押す。最初、全然動かなかった車は、ワイヤーが引き絞られると共に、徐々に動き出した。腹は減り宿は遠い。だが、私達は強い一体感を感じていた。その場にいる誰もが一刻も早く車を脱出させたがっていた。

 思えば、日常生活において、皆が同じ目的に向かって一致団結することはまれだ。一緒に仕事をしていても、熱心な人と、早く帰りたがっている人とで温度差があるし、恋愛や商売では、なおさら両者の思惑が複雑に絡み合う。王道の物語というのは、登場人物のばらばらな想いが一瞬だけ一つになる様を書くものだと言えるのではないだろうか。

 ようやく車を安全な角度に据えられた我々は、皆で機材を車に積み込んだ。それから運転(先輩)、谷側誘導(ジャフ氏)、山側誘導(私)という連携で、車をそろそろとふもとまでバックさせ、何とか虎口を脱した。助手席に乗り込んだ私は時計を確認した。闇の深さから、九時、十時かと思いきや、まだ七時を少し回ったばかりだった。

(08.10)



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