最近の東雲



満員電車危機一髪



 朝の総武線快速の混み具合はかなりのもので、運良く奥まで潜り込まねば文庫を読むことは出来ない。先日体験したラッシュは中でも群を抜いていた。

 その日、私が船橋駅の総武線快速ホームに到着すると、人があふれ返っていた。下り線の白線の外側を通らないと先に進めない程だ。どうやら稲毛駅で車内点検を行った影響で、電車が遅れているらしい。
 私は錦糸町駅での乗り換えに不便なことから比較的すいているいつもの場所までたどり着き、列の外側に陣取った。上り電車が到着し、乗客の列が車内へと進んでいく。だが、途中で、バネに押し返されたようにあふれ出てくる。押し出された数人があきらめてホームに戻る中、中年男が横から割り込んできて無理やり乗って、扉に挟まれている。結局、私は次の電車にも乗れず、その次の電車に後ろから押し込まれるように乗り込んだ。
 寿司詰めの車内を見ていると、映画『シンドラーのリスト』に登場したユダヤ人輸送列車を思い出した。今の車内の混雑度は、ユダヤ人輸送列車を上回っている。すごいぞJR、などと考えている内に、電車は市川駅に到着した。

 船橋駅で、限界まで人が乗ったはずなのに、市川駅ではさらに人が乗り込んできた。押しつぶされた複数人から次々に、うめき声が上がる。私は反対側の扉近くの手すりまで押し込まれた。
 市川−新小岩間は比較的短い。だが、先行列車がつかえているため新小岩駅手前で電車が止まった。乗客達は、呪詛の言葉を吐くでもなく、殉教者のような顔で押し黙っている。

 新小岩駅で、さらなる乗客が乗り込んできた。ここで私は選択に迫られた。手すりにしがみついて手すりと乗客との間に挟まれるか、手すりから奥のつり革側に身をかわすかだ。この混雑度で、前者を選ぶと、最悪、怪我の恐れがある。私は後者を選んだ。だが、それもまた茨の道だった。満員電車において、乗客は剛体ではなく、流体としてふるまう。即ち、空間があれば、変形してそこを埋めようとする。私は、端の座席の乗客に九十度横向きの膝かっくんをされた状態で、手すりにつかまった片手一本で全体重を支えるはめになった。しかも、半ばのしかかられた格好の乗客は、大人しく乗りかかられてはおらず、さかんにこちらを押し返そうとする。電車が発車してからも状況は刻々と変動し、私は重心に近い箇所に右足を置くことに成功し、左手で掴んでいた手すりを放し、つり革を掴んで一心地ついた。だが、その結果として、左足が、座った乗客の腿の上に乗っかってしまい、完全に片足立ちになってしまった。ここはアスレチック公園か!

 電車が錦糸町駅に到着する。この状況で一度下りることは死を意味する。即ち、いったん下りてしまうと再び乗り込めないのではないかと考えた乗客達が壁を作り、乗客の流出が止まる。私も片足立ちの姿勢のまま、乗り過ごす羽目になるのかと緊張する。だが、それは杞憂だった。何としても電車から降りようとする勢力の圧力が勝ったのだ。再び、乗客が降り始め、私も乗客をかき分けかき分け、降りることが出来た。

 電車を降りた私には笑みが浮かんでいた。今月は「最近の東雲」のネタに詰まっていたのだ。土壇場でネタを提供してくれたJR東日本よ、有難う!

(08.12)



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