小説のストラテジー感想



 小説家には(というかあらゆる非言語領域を持つジャンルには)長嶋茂雄タイプの天才肌と野村克也タイプの論理派がいるが、「デビュー作にして完璧な小説」と評された超絶技巧小説、『バルタザールの遍歴』の佐藤亜紀さんこそ野村タイプの最右翼であろう。そんな作者が書いた『小説のストラテジー』(青土社)が作家志望のものにとってためにならない訳があろうか、いやない。よくある小説指南書と比べると、小説を見つめる視点が一段抽象的かつ論理的だ。
 『物語だと我々が思い込んで読んでいるのは、しばしば、「運動」のことである。』と視覚の操作のみによって苦難の浄化を起こせると示す個所や、創作中に働く書き手の意識以外の力(無意識というより素材の持つ可能性)を抑え込まずに生かすことを喩えた人馬一体の境地、小説内に響く声の数による小説の変容、など眼を開かれること多数だ。
 特に、私の好きな『カンディード』を用いて「人物を平面的で抽象的で無価値に描くこと」が今日においてはなおさらある種の誠実さを持っている、と論じた個所からはライトノベルの可能性が読み取れる。私は『カラマーゾフの兄弟』を限界までスカスカに軽くするというアイデアを思いついたのだがどうだろう。

 あえて欠点を挙げるなら、説明の仕方が衒学的というかもったいつけた感じであることだ。例えば、『カンディード』を論じているのは「ディエーゲーシス/ミメーシス」という章なのだが、ディエーゲーシスとミメーシスとは何かというと基本的には説明と描写のことらしく、ならそんな通しか分からない外国語など使わずに、説明と描写と書けば良いじゃんとは思った。
 表記はともかく、内容も高度で、一度読んだだけでは身につかないので、何度も読もうと思う。



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