世界は主張を持たない――よつばと!10巻感想
(本稿はよつばと!10巻のネタばれを含みます)
よつばと!(あずまきよひこ著、電撃コミックス)10巻は「うそ」がテーマだ。この巻で登場人物がつくうそを列挙してみる。
「食べれる! とーちゃん本当はホットケーキ大好きマンだ!」(とーちゃん)
「は――…おいしかった!」(よつば)
「よつばまだねむたくない」(よつば)
「そこのまどがきゅうにばーんてあいてーしらないひとがぽーんとなかになげてきた…」(よつば)
「うそつきむしがよつばのなかにはいって……かってにうそつく」(よつば)
「(夜になるとにおうさんの目が)光る光る」(とーちゃん)
「ダンボーは死んだ」(みうら)
「生きてるぴょーん!!」(えな)
「死んでも生き返るの! ロボットだから!」(えな)
他にも、みうらが
「エレベーターのボタンを全部押すと爆発する。」
「自分はお姫様」
といううそをついていたことが登場する。
これらのシーンから、作者のどういう主張が読み取れるだろうか。
何も読み取れない。
上記のうその中で、最も中心的なうそは、タイトルがずばり「うそ」というエピソードで登場する、よつばの、おちゃわんを割ったのは自分ではないといううそだろう。それに対し、とーちゃんは、「失敗するのはよつばの仕事だ でも嘘はつくな」と諭す。しかし、「嘘をつくな」というのが作者の主張とは言いがたい。何故なら、そう言ったとーちゃん自身が、すぐさま、夜になると仁王さんの目が光ると嘘をついているからだ。
さらに、次のエピソードでは、動かないダンボーに動揺するよつばに対し、みうらは「ダンボーは死んだ」と告げ、恵那があわてて「生きてるぴょーん!」とフォローする。二人の発言は、ダンボーが元々生きてないことを考えれば、両方うそだが、現時点では生きてないわけで、みうらの言っていることの方が真実に近い。だが、よつばの気持ちを考えれば、恵那のうその方がより良い結果をもたらしたように見える。つまり嘘をついた方が良いかどうかはケースバイケースであり、作者はどちらが良いとは主張していない。
よつばと!全体を見ても、作者の主張は示されていない。もちろん、読者である私は、日常の素晴らしさなど、多くのことをよつばと!から感じたが、それは読者がかってに感じていることだ。作者はよつばと!を何かを主張するために描いているのではなく、ひたすら作品の精度を上げるために描いているように見える。それはキャラクターの精度であり、景色の精度であり、行動の精度であり、感情の精度であり、世界の精度だ。それらの精度を上げていくと、特定の視点人物を持たない作品からは、主張が消えていく。何故なら、世界そのものは如何なる主張も持たないからだ。
世界はただそこにある。
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