最近の東雲



合理性と身体性のウロボロス――9hours感想



 内田樹先生最終講義(→感想)を聴きに行った後、京都のカプセルホテル「9hours」に泊まった。9hoursは未来的なデザインから、海外メディアにも紹介されている。
 チェックインすると、ロッカーの鍵とミネラルウォーターを渡され、エレベーターで男女別の階に上がる。扉を開くとトイレ、ロッカー、洗面台、シャワールームが順に並んでいる。つまり、この順番で体をきれいにして、寝ろというメッセージなのだろう。
 トイレに入ってからロッカーを開けると、タオル、バスタオル、短パン、寝間着、歯ブラシ、ボディーソープ、シャンプー、リンスが入っている。ここで、宿泊客は悩むことになる。
 どういう格好でシャワールームに向かえば良いのだろうか。
 このロッカーを銭湯のロッカーのようなものだと考えるなら、この場で全裸になり、タオルで前を隠しながらシャワールームに向かうことになる。会社のロッカーのようなものだと捉えるなら、コートや上着のみを入れ、服を着たままシャワールームに向かうべきだ。病院のロッカーのようなものだとみなすなら、パンツ+短パン+寝間着に着替え、シャワールームに赴くことになる。9hoursでは、それらについて如何なる指示もないため、客が自ら選択しなくてはならない。
 もし、客の大多数が全裸で歩き回っていたら、後から来た客も全裸になるだろうし、大多数が服を着ていたら、後から来た客も服を着たままシャワールームに向かうだろう。ルール作りが客に委ねられているのだ。

 シャワーを浴びて下の階に下りていくと、蜂の巣のように二段のカプセルが並んでいる。寝る時は、起床時間をセットすると、徐々に暗くなり、起床時間に徐々に明るくなって自然に起きるようになっている。特筆すべきは円弧型枕の心地良さだ。ホテルの枕はたいてい高すぎて首が痛くなるが、ここの枕は人間工学的に理にかなったような形状で、すこぶる寝やすかった。

 繁華街のど真ん中という立地を考えれば仕方ないが、料金はカプセルホテルにしては割高だ。9hoursには時間制プランもあり、短時間睡眠なら安くあげることができる。京都に務めている人が仮眠をとるには便利だ。一方、旅行者の場合、寝るまでどこかで時間を潰すにも金がかかるし、たいてい疲れていてぐっすり眠りたいので、時間制プランはおすすめできない。9hoursに泊まるかどうかは、素晴らしい寝具と非日常体験をとるか、だらだらテレビを見てくつろぐような日常体験をとるかという選択になる。

 9hoursは宿泊客の占有する空間×時間を最小化することで、極限まで経済合理性を追求しており、一見、内田氏と対立した何たら総研的な思想の結晶であるかのようだ。だが、快適な睡眠という身体性にこだわったり、宿泊客が自主的に未知の体験へと踏み出すことを促したりする所は、ウォーリズの建築に近いものを感じる。合理性を突き詰めていくと一周回って身体性に行き着くようで興味深い。

(11.04)



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