醜いものを受け入れて――雨の日のアイリス感想




(本稿は『雨の日のアイリス』のネタばれを含みます。)
 『雨の日のアイリス』(松山剛著、電撃文庫)のストーリーは体内めぐりを模している。解体作業は歯で噛み砕かれるようだし、その後に従事するのは『ジャンクフード』を『胃』から『腸』へ運ぶ仕事。下水道や排水溝を通るシーンは排泄に相当する。
 体内めぐりを経て、主人公、アイリスは劇的に成長する。ライトノベルにおいて、たった一巻で、これほどはっきりと成長したキャラクターは珍しい。彼女が成長した理由としては(1)庇護者を失い、たった一人で運命に立ち向かったこと。(2)守るべきものを得たこと。に加え、(3)醜いものを受け入れたこと。が大きい。生きる上で、きれいな食事だけでなく、汚い排便も重要なように、大人として生きていくには、醜いものや汚いものとも向きあうことが必要だからだ。
 ライトノベルの主人公は、しばしば(1)や(2)を行うが、(3)を行うことは少ない。何故なら、多くのライトノベルが、可愛いものやきれいなものだけからできているからだ。ヤンデレヒロインのように、心の闇を抱えたヒロインを受け入れることはしばしばあるが、その場合も、ヒロインの外見は可愛い。ヒロインが醜くても受け入れたかというと疑問なわけで、(3)をしっかり書いている作品はほぼ皆無だ。これはイラストによって売上が左右されるライトノベルの宿命と言って良い。
 『雨の日のアイリス』はロボットであるというヒロインの特性を生かしてこのジレンマを解消し、醜いものの受容というテーマを真正面から描くことに成功している。容赦無い展開に、アイリスと一緒に胸が締め付けられ、強い想いに胸が熱くなる。
 醜いものの隠蔽はライトノベルだけの問題だけではない。事故によって福島第一原発から大量の汚染物質が撒き散らされた。だが、それ以前から、きれいな電気を生み出すために、放射性廃棄物という「汚いもの」は着々と溜まり続けていた。私を含め、多くの人はそれを知りながら、見ないふりをしてきたのだ。
 多くの真摯に書かれた作品がそうであるように、『雨の日のアイリス』もまた、図らずして極めて今日的な課題を読者に突きつけている。



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