読者よ、大人になりますか?――俺の妹がこんなに可愛いわけがない8感想




(本稿には、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』シリーズの抽象的なネタばれを含みます。)

 移行対象という概念がある。『キャラクターメーカー』(大塚英志著、アスキー新書)によれば、「主人公の成長を促し、かつ子供と大人の不安定な時期を庇護する」存在で、ライナスの毛布、トトロ、猫バスのように、不安な状況の主人公の傍らにただ居て、大人になる時に別れるキャラクター、ものを指す。
 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』において、主人公の京介と妹の桐乃は互いに移行対象の関係にある。そのことは精神的に不安定になったとき、互いに寄り添って慰め合っていることから明らかだ。従って、京介と桐乃は、成長して大人になるためには、別れなくてはならない。だが、8巻の時点で、二人は固い絆で結ばれており、とても離れ離れになりそうもない。つまり、二人は非常に大人になるのが難しい状況にある。何故こんなことになったのか、というと読者がそう望んだからである。

 4巻にはこんな読者アンケートがついてきた。
【問1】今巻のラストでは、桐乃がああいうことになりました。そして黒猫と京介の距離がちょっと近くなりました。次巻では、どんなストーリーを期待しますか?
1桐乃の話を読みたい 2黒猫の話を読みたい 3その他のキャラの話を読みたい(キャラ名:  )

【問2】問1で、2を選んだ方に質問します。黒猫メインのストーリーになった場合、桐乃は登場しません。
1それでも構わない 2なんとか登場させて欲しい。


 そして末尾には、
 アンケート結果の発表は、今後の展開をもってかえさせていただきます。
 とある。

 これを読んだ時は、人気のあるキャラの出番を多くする、『魔法先生ネギま』のようなアンケートなのだと理解していた。もちろん、このアンケートには人気投票の側面もあったが、ここに来てより重要な意味があったことが分かってきた。すなわち、京介と桐乃を大人にするかどうかの分岐点だったのだ。

 もし、読者が黒猫ルートを選択していたならば、京介と桐乃は互いに移行対象から離れ、大人になることが出来ていただろう。だが、多くの読者が桐乃ルートを選んだため、二人は大人になれないでいる。これほど作品の根幹に関わる選択を読者に委ねた例を私は他に知らない。

 今後、京介と桐乃はどうなるのだろうか。考えられるのは次の三通りだ。
1別れず、大人にならない。
2別れ、大人になる。
3別れず、大人になる。
別れ、大人にならない可能性もあるが、それでは何のために別れたのか分からないため、ここでは省く。

 私は基本的に若者向けのフィクションでは主人公を成長させるべきだと思っているので、2の展開を望む。だが、そうするのなら、5巻で二人を引き離したままにしておけば良かったのに、読者のせいで回り道をしたことになってしまう。
 注目すべきは3だ。現時点で、主人公達は大人になってはいないが、少しずつ成長はしている。特に桐乃の成長は目覚しい。「移行対象との別れ」以外の方法で主人公達を大人にすることができるのかも知れない。実際、黒猫の”運命の記述”には「大人っぽくなった俺と桐乃が、朝食を持ってきた黒猫を――迎えている」絵が記されている。少なくとも黒猫は3をやり遂げるつもりだ。

 作者がどんな大人になりかたを見せてくれるのか。鷹揚すぎる麻奈実さんがいつ本気を出して小娘共を蹴散らしてくれるのかと合わせてとても楽しみだ。



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