心か肉か、それが問題だ――明日、ボクは死ぬ。キミは生き返る。感想
(本稿は『明日、ボクは死ぬ。キミは生き返る。』のあからさまなネタバレを含みます。)
第19回電撃小説大賞金賞受賞作『明日、ボクは死ぬ。キミは生き返る。』(藤まる著、電撃文庫)は完成度の高い意欲作だ。「俺の体が残念美少女に乗っ取られている模様(1日おき)」という内容を一人称で書いているのだが、これは非常に難しい。なぜなら、主人公の周りで起こっている出来事の内、半分しか描写することができないからだ。普通の小説なら視点人物がパートナーと一緒に行動すればパートナーの言動を直接描写できるが、本作の場合伝聞や行動の痕跡でしか描写できない。直接描写できないにも関わらず、本作のヒロインはちゃんと魅力的に描き出されている。並大抵の技量ではない。
本作の最もチャレンジングな所は究極のプラトニックラブを描き出した所だろう。主人公坂本秋月はヒロイン夢前光の外見も声も知らない。会って話も出来ない。肉の体を持たないから触れることも出来ない。秋月は夢前のことを文章と伝聞のみによって好きになる。
なかなか会えないすれ違いの恋や、不細工との恋など、肉体よりも心が重要なのだと訴えるプラトニックラブストーリーは過去にも沢山存在した。しかしここまで純粋に内面だけから好きになる話を読んだのは初めてだ。ヒロインと対照的な位置づけなのが、おっぱいの大きなサブヒロイン、真田霞だ。かすみちゃんの肉体的エロさが描写されているのは決して単なる読者サービスではなく、心か肉体かというテーマを浮かび上がらせるためなのだ。
外見より内面だ、というテーマは小説の得意とする所だ。本作を漫画化や映像化することを考えて見れば良い。忠実にメディアミックスするなら、ヒロインは最後の方で写真が出てくるだけだ。視覚的に登場することが決定的に重要な視覚メディアでは夢前光のようなヒロインは成立し得ない。もし本作がアニメ化するとしたら、夢前が書いたノートの記述は夢前役の声優さんが読むことになるだろう。しかしそれは秋月の認識とは異なっている。秋月は夢前の声を知らないのだから。
ただし、本作にはライトノベルならではのトリックが使われている。それは表紙や口絵にでかでかとヒロインの姿が描かれていることだ。読者が夢前を魅力的だと認識した原因の何割かはイラストに拠るものであることは否めない。もし外見より内面という本作のテーマを徹底するなら、表紙や口絵には夢前を描かないか、夢前を超ブスにするべきだった。だが、そんなことをしたら売れないだろう。
つまりはそういうことで、内面が重要であるのと同様に外見だって重要なのだ。私はかすみちゃんの方が好きです。
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