ライトノベルは何故射精しないのか――ビアンカ・オーバースタディ感想



(本稿は『ビアンカ・オーバースタディ』の抽象的ネタばれを含みます。)

 筒井康隆氏がライトノベルを書いたということで話題になった『ビアンカ・オーバースタディ』(星海社FICTIONS)はライトノベルらしからぬライトノベルだ。最もライトノベルらしくない所は精液が飛び交っている所だろう。ライトノベルは基本的に射精をしない小説だ。それは、男性キャラの下半身を脱がせても、イラストに出来ないから読者へのサービスシーンにならないというライトノベルならではの事情もあるが、リアリティの問題が大きいように思う。

 本作には未来人の精力が減退しているという設定が登場する。NHKスペシャルで見たのだが、現代人の精力が急速に減退しているというデータがあるらしい。これが本当なら、現代の若者の草食化の原因は、社会学的なものではなく、精力減退という生物学的な原因なのではないだろうか。
 『ビアンカ・オーバースタディ』は私からすると登場人物の行動にリアリティがない。ライトノベルは設定や出来事にはリアリティがないが、キャラクターの行動にはリアリティがある。ライトノベルは直木賞的な小説のリアリティと中高生の現実のリアリティとの間にギャップが生じたので、それを埋めるために登場したという側面がある。ライトノベルというと派手な設定に目が行きがちだが、より重要なのは読者の共感を得られる内面描写だ。

 だが、そうは言ってもフィクションはフィクションであって現実の写し鏡ではない。『ビアンカ・オーバースタディ』に登場するキャラクターの行動も、筒井氏の世代が読むとリアリティがあるのか、世代の問題ではなく筒井氏にとってだけリアリティがあるのか、あるいは筒井氏にとってもリアリティがないのかは筒井氏本人にしか分からない。村上春樹氏の小説を読むと、団塊世代の大学生はセックスしまくっていたという印象を持つが、先ごろ新聞に載っていた調査によると、大学生の性交経験率は最近までずっと上がり続けていたという。結局のところ、性に関する実態は良くわからないまま、その世代の退場と共に歴史の謎となってしまうのだろう。

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東雲製作所評論部