積み重なっていくもの――クローズド・ノート感想
(本稿は『クローズド・ノート』の抽象的ネタばれを含みます。)
クローズド・ノート(雫井脩介著、角川書店)は丹念な小説だ。ストーリー自体は、ヒロインが好きな人との距離を少し縮めるという、ただそれだけの物語だ。四百ページ近い長編だが、もし私が同じ題材で書いたなら、短編小説になるだろう。
読み始めは、展開の遅さが気になった。例えば、作者は、序盤の、ヒロイン香恵がバイト先の文房具屋で初めて万年筆売り場に立った日のことを描くのに、四十一ページを割いている。単純に、物語の機能上必要なシーンだけで話を構成するなら、これほど長々と書く必要はない。謎の男の登場シーン以外はさらっと流してしまっても良いはずだ。だが、もし作者が物語の機能上必要なシーンだけを書いていたら、読了後にこれほど持ち重りのする感慨を得ることはできなかっただろう。
作者は、とりわけ、香恵が想い人との距離を縮められなくてじりじりするシーンや、何とか縮めようと頑張る様を繰り返し描く。もし、これらの描写を、代表的エピソードに絞ってあっさり書いたら、読者は「香恵がじりじりしたり頑張ったりしている」という情報を受取ることはできるが、香恵と一緒にじりじりしたり、頑張る様にいじらしさを感じたりはできないだろう。読者が語り手にある程度同化し、愛しさを感じるためには、読者が語り手と、作中である程度の時間を一緒に過ごさなくてはいけないのだ。小説が時間芸術と呼ばれる所以である。
本作では、香恵が伊吹先生のノートを読んで、徐々に伊吹先生に惹かれていく過程が、読者が『クローズド・ノート』を読んで、徐々に香恵に惹かれていく過程の写し鏡になっている。時間の積み重ねが親愛を生むのだ。
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