六十年目のパーフェクト――永遠の0感想
(本稿は『永遠の0』のネタばれを含みます)
600ページ近い大作だが、ぐいぐいページをめくらされる。『永遠の0』(百田尚樹著、講談社文庫)は一人のゼロ戦パイロットを通じて、太平洋戦争の推移を描いた作品だが、これが非常に面白い。もちろん、数多の人が死んだ戦争をエンターテイメントとして楽しんで良いのかという葛藤はあり、戦争は『ポロポロ』のように退屈なものとして書くべきではないかという思いもある。だが、つまらなかったら誰も読まないわけで、歴史の授業でも詳しくは扱わない日本の敗戦までの経緯を多くの人に伝えるためには、エンターテイメントでなくてはならなかっただろう。
本作で唯一惜しいのは、語り手が聞いて回る証言から浮かび上がる宮部久蔵が今日的価値観から見てあまりに完璧すぎることだろう。当初は、臆病であることが欠点であるかのように語られるが、後に欠点ではないと訂正される。物腰は紳士的で部下思い。ゼロ戦パイロットとしての腕は申し分なく、ここぞという時は筋を通し、大局を見極める賢明さを持っており、おまけに愛妻家。まさにミスターパーフェクトである。もし、宮部にひどい音痴だとか食いしん坊だとか助平だとかいった欠点があったなら、私はより彼を愛することができただろう。
おそらく、それは本作が戦後六十年も経ってから書かれたことと関係している。もし、戦後まもなくに書かれたなら、作者にとって、宮部はもっと身近な存在であり、自分や知人の誰かを投影した、より生々しい存在として描かれただろう。
宮部の完璧さは現代から遠ざかった戦争の写し鏡なのだ。
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