内在する葛藤――絶対ナル孤独者1――咀嚼者 The Biter――感想



(本稿は『絶対ナル孤独者1――咀嚼者 The Biter――』のネタバレを含みます。)

 『絶対ナル孤独者1――咀嚼者 The Biter――』(川原礫著、電撃文庫)を読んで唸ったのは描写力だ。情景が目の前に立ち上がってくるようなクリアな風景描写にも感心したが、何と言っても敵役の〈咀嚼者〉が思い描く人肉食描写が圧巻だ。生々しくおぞましいのに官能的で危険な魅力を放ち、引きこまれた。電撃のエースは伊達じゃない。

 本作は地球外生命体〈サードアイ〉によって接触者が異能の力を与えられるというコテコテの能力者バトルものだ。与えられる力は本人の望みに従って与えられるのだが、望みが両義的である所がキーポイントになっている。
 裏の主人公とも言うべき咀嚼者は噛むことに執着を持っていることから万物を噛み千切る能力を与えられる。彼は厳格すぎる教育を施した母のことを憎んでいるのだが、固いものを良く噛めという教えを授けたのも母である。母のことを憎んでいるのなら噛むとフニャンフニャンなガム、さらに言うなら噛まなくても良いお粥とかを食っていれば良いのに咀嚼者は噛むことへの執着を捨てられない。これは母を愛してもいることに他ならない。

 主人公の〈孤独者〉も同じだ。彼は「記憶というのは、いつだって重くて、苦しくて、悲しいもの」であることから誰の記憶にも残らない「絶対ナル孤独者」になることを望んでいる。だがそれは失った姉との記憶があまりにも貴重だったことの裏返しだ。失われた家族を求めており、忌避してもいるという点で、〈孤独者〉と〈咀嚼者〉は同じ両義性を抱えている。

 ドラマは心の揺れを描くものであり、最も心が揺れるのは葛藤が生じた時である。
 通常は内的欲求と外的抑圧が葛藤を生む(義理と人情の板挟みとか、「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの」とか)のだが、本作の場合、登場人物の内的欲求そのものに葛藤が内在している。外的抑圧と合わせて葛藤を二重にできる優れた設定だ。

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