劇的なことの後も日常は続く――東池袋ストレイキャッツ感想



(本稿は『東池袋ストレイキャッツ』のネタバレを含みます。)

 朝三暮四とは猿に果物を朝三つ夕方四つ与えようとしたら怒ったが、朝四つ夕方三つだと喜んだのでアホですなあ、という故事だが、その猿を馬鹿にした奴だって朝飯に焼き鳥とビール、夕飯にトーストを出されたら嫌な顔をするに決っているのであって、総量が同じなら順番なんかどうでも良い訳ではない。
 終わり良ければ全て良しと言うように、小説においてはラストが最も感動的なのが安定する形式であり、小説内の感動の総量を七とするなら、朝一暮六くらいが経験上調度良い。

 杉井光氏の新作『東池袋ストレイキャッツ』(電撃文庫)は5話からなる連作短編なのだが、第2話のラストが杉井氏の小説で一二を争う程感動的なのだ。第5話のラストも十分感動的であり、第2話が無ければ良い終わり方だと思うが、第2話のラストがあまりに燦然たる光を放っているので、どうしても竜頭蛇尾感が拭えない。

 こんなことになった理由はあとがきで語られている。本作は電撃文庫MAGAZINEに第3話→第5話→第1話→第2話の順に連載されたそうだ。(第4話は書き下ろし)。小説は書いている内にキャラクターや作品世界の情報が作者の脳内に蓄積していって活き活きとしてくるし、伏線も溜まってくるので、後に書くもの程感動的になりやすい。本作の第2話が第5話より感動的なのはそれが理由だ。
 確かに意味もなく話が過去に戻るのは不自然だし、第3話以降にキースが出てこないのが多少ネタバレになってしまうので、作者が時系列順に並べ替えたのも分かるのだが、3→4→5→1→2の順に読んだ方がずっと読後の残響が大きかっただろうと思う。これから読む人は第2話を読んだ所で一旦本を閉じ、しばらく余韻を味わってから第3話を読むことをお勧めする。

 ただし、実際の人生では素晴らしいことが起きてもそこで死ぬわけではなく、翌日からは平凡な日常を生きなくてはいけない。本作の主人公のハルも第2話で劇的な成長を遂げるのだが(杉井作品で移行対象とこんなにきっぱりと別れるのは珍しい)、第3話になると相変わらずうじうじしている。
 劇的なことがあっても人はそんなに変われないし日常は続くということを描いているという点では、この並び順も悪くない。

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