あたらしい宗教のはなし――know感想
(本稿は『know』のネタバレを含みます。)
『know』(野崎まど著、ハヤカワ文庫JA)は私に気づきをもたらした。どうして一神教が全知全能の神というものを打ち立てたのかが分かった。面白い小説や泣ける小説は沢山あっても目が開かれる小説というのはめったにないが、本書はそれに当たる。
宗教とは不安を取り除くものだ。不安とは自分が将来、特に死後どうなるか分からないことから生じる。既存宗教は不安の源について解を与えることで人々の不安を取り除いてきた。
キリスト教などの一神教は全知全能の神を置き、神から預言を受けたことにして解の正しさを担保した。ただの神が言うことでは間違っているかも知れない。全知全能の神が言うから信じられるのだ。
福音派が進化論を否定していることは有名で、多くの日本人からすると彼らの態度は滑稽に見える。だが彼らには彼らの理屈がある。福音派が頑強に進化論を否定するのは死後の世界を信じる根拠が崩れるからだ。
『ふしぎなキリスト教』によるとマジョリティのキリスト教徒は進化論のように科学と矛盾する所は科学を信じ、矛盾しない所だけ聖書を信じているそうだ。それは一見穏当なようだが、よく考えると奇妙な態度だ。進化論に抵触するような間違いが含まれているのなら聖書は全知全能の神からのお告げが書かれている訳ではない。ならば現在科学によって否定されていない部分の記述(死後の世界など)についても何ら正しい保証はない。
「汝の隣人を愛せ」といった道徳律的な部分を、経験則上正しいと考えて信じるのなら分かる。だが進化論や古生物学等によって聖書の一部が間違っていると判明し、記述の正しさが何ら担保されていないにも関わらず死後の世界についての記述だけは正しいと信じているというのは論理的に奇妙な態度と言わざるを得ない。福音派の方がむしろ筋が通っているとさえ言えるかも知れない。
新宗教がどれも既存宗教の教義をベースにしているのは科学によって多くのことが解明された現代においては新たな方法で正しさを担保することが難しいからだ。死後の世界について科学でアプローチすることは未だ不可能であり、その他の手段で解明したと言っても誰も信じない。実際は既存宗教の経典に書かれていることも何の根拠にもならないのだが、多くの人が信じているから独創的な説(空飛ぶスパゲッティモンスター教の説など)よりは正しそうに見えているだけに過ぎない。
『know』は今後新しい宗教が生まれるとしたらこれしかないという唯一解を示したビジョンの斬新さにしびれた。これほど完璧なハッピーエンドは他にないのではないだろうか。
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