野崎まどというジャンルの生成――独創短編シリーズ野崎まど劇場感想
(本稿は『独創短編シリーズ野崎まど劇場』の抽象的ネタばれを含みます。)
『独創短編シリーズ野崎まど劇場』(野崎まど著、電撃文庫)のジャンルの幅広さには舌を巻く。本書はジャンルとしてはパスティーシュ(文体模写)に当たる。日本パスティーシュ界の偉大な先達に清水義範氏がおり、説明書や対局記などあらゆるジャンルの文体を扱った作品を発表している。野崎氏はそこをさらに進めて、従来の文章によるパスティーシュに加え、絵や図をも取り込んで、新たな領域を開拓した。魔王と部下が迷宮を設計する『魔王』などは小説よりも、バカリズム氏に代表されるお笑い芸人のフリップ芸に近い。
その一方で、『魔法小料理屋女将 駒乃美すゞ』のような滅茶苦茶渋い話を書いたりする。氏より多様な小説を書ける作家を他に知らない。天才という言葉は野崎氏にこそふさわしい。
それだけに、編集部の無理解が腹立たしい。本書は電撃文庫MAGAZINE連載の短編をまとめたものだが、書きおろしに加え、五作のボツ作品が収められており、そのボツの理由がどれも到底納得のいかないものなのだ。ユニークなアイデアの短編を書くのがどれほど大変か、編集者は一度書いてみれば良い。
だが、見方を変えれば、電撃文庫編集部は度量が広いとも言える。ここに収められた作品の多くは、他の小説誌なら掲載されないだろうからだ。雑誌には主にターゲットとなる読者がおり、それに合った作品のみが掲載されるのはある意味当然である。野崎氏の小説は形式が多様であるのみならず、内容もおたくっぽいものから硬派なものまで多岐にわたっており、一誌のみでカバーできないのはやむを得ない。野崎氏が他の雑誌で書かれるようなことがあれば、氏にとっても、野崎氏をまだ知らない読者にとっても良い結果をもたらすであろう。
ただし、日本中のあらゆる雑誌からオファーが来れば問題が解決するかというと、ことはそう単純ではない。野崎氏の小説はしばしばあまりに奇妙だ。例えば巻末に収められた短編『ライオンガールズ』を読み終えた私は「何やねんこりゃ。」とつぶやかざるを得なかった。読者を笑わせたいのか泣かせたいのかしみじみさせたいのかさっぱり分からない。困惑させたいのかも知れない。とにかく、氏の作品のいくつかはあまりに奇天烈なため、おそらく日本中の既存のどの媒体にもしっくりと収まらない。野崎氏にぴったりな器は現時点では存在していない。我々は野崎まどという新しいジャンルの生成を目撃しているのだ。
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東雲製作所評論部