東雲文芸28:闘牌小説

 国士無双vs無限多牌



                        東雲長閑

 「ロン。リーチ一発タンヤオピンフイーペイコウドラ3。ハネマン。」
 国定が牌を倒すと同時に千鳥が突っ伏した。これで千鳥はトップの国定とは五万三千点差。残り二局で逆転するには大きすぎる点差だ。
 だが、苦しいのは千鳥だけではなかった。国定の対面の万田、上家の白川も崖っぷちだ。
 今は南場第三局。万田と白川にはもう親は回ってこない。これ以上国定に離されては、役マンを直撃しても届かない。何としても国定の連チャンを止め、オーラスに望みをつなぐ必要があった。何しろこの勝負は二位になってもしょうがない。トップでなければ何の意味もないのだ。
 彼らの目は一様に血走っている。一円も金を賭けていないにも関わらず、彼らの神経は極限まで研ぎ澄まされ、頭は入試の時もかくやというほどフル回転していた。彼らはもっと大きなもののために戦っているのだ。
 そう、焼肉の食べ放題無料券である。
 寮の先輩がバイトしている焼肉店では、年に一回、従業員に焼肉食べ放題無料券が支給される。だが、それをあろうことか先輩はダイエット中ということで、後輩にただで譲ってくれたのだ。何という愚かな、いや、素晴らしい行いだろう。万が一先輩が地獄に落ちても、お釈迦様が決して切れないロープを垂らしてくれるに違いない。四人は地に額を擦らんばかりに伏し拝みながら、無料券を受け取り、先輩が部屋を出るやいなや、殴り合いを始めた。その激しさたるや、ノルマンディーにおける連合軍とドイツ軍の戦闘もかくやという程だった。
 一時間後、矢尽き、刀折れ、地に伏した四人は、誰からともなくこう提案した。
 麻雀で決めないか、と。

 南場第三局三本場八巡目。千鳥はツモった牌を見て硬直した。
 捨てられる牌がねえ!
 国定は前々回のツモの後、煙草に火を点けた。あれは奴がでかい手をテンパった時のくせだ。そして捨て牌を見れば、そのでかい手が何であるかは一目瞭然。
 国士無双だ。
 一方、千鳥の手はというと、見事なまでにヤオチュウパイしかなかった。何故なら千鳥も起死回生の国士無双を狙っていたからだ。しかしながら、千鳥の手はひどいものだった。ヤオチュウパイ十三種類のうち、十種類しか集まっていない。しかも単に上がりが遠いだけではない。もし、国定が十三面待ちだったら、全ての牌が当たり牌。まさに絶体絶命だ。
 だが、千鳥はあきらめてはいなかった。何しろ千鳥はこの一週間、米しか食っていない。塩ご飯、醤油ご飯、マヨネーズご飯、ケチャップご飯のローテーションだ。そこに降って沸いたような焼肉食べ放題無料券である。
「さっさと捨てろよ。」
考え込む千鳥に、国定がプレッシャーをかけてくる。くじけそうになる心を叱咤激励し、思わず適当な牌を捨てそうになるのを踏みとどまる。考えろ、考えればきっと道は開ける。考えるんだ。
 頭を捻りに捻ること十分間。終に千鳥に天啓が舞い降りた。本当に、そんなことが可能なのか。だが、他に道がないのは確か。俺に残された手はこれしかない!
「おい、いい加減にしろよ。」
痺れを切らした国定に、千鳥は勇気を振り絞って宣言した。
「俺は捨てない。」
国定が口を半開きにしたまま固まった。数秒後、硬直の解けた国定が言葉をひねり出した。
「お前は何を言ってるんだ。早く捨てろよ。」
「いや、俺は牌を捨てない。万田、次の牌をツモってくれ。」
国定が卓を叩いた。
「そんなことが許されるはずないだろう! 」
千鳥はツバを飲み込むと、反論した。
「じゃあ、聞くが、牌を捨てなかった時の罰則は何だ。」
国定は一瞬言葉に詰まったが、すぐにまくしたてた。
「そんなものは無い。何故なら、ルールに牌を一枚ツモって一枚捨てると決まっているからだ。バレーボールに二個目のボールを用いた時の罰則規定がないからといって、やる奴はいない。そんなことをしたら試合が成り立たなくなると分かっているからだ。お前のやろうとしていることはそういうことだ。」
「いや、罰則規定ならある。多牌だ。」
国定が虚を突かれて押し黙った。
「手牌が一枚多くなってしまうこと。それが多牌だ。多牌の罰則はあがりなしで最後までつき合うことと定められている。つまり、俺がやろうとしていることはルール無視の非常識な行為ではない。ちゃんとルールで想定された行為だ。」
「おい、二人とも何とか言ってくれよ。こんな無茶苦茶が通る訳ないだろう。」
国定は残りの二人に加勢を求めた。だが、しばらく顔を見合わせていた二人は、歯切れ悪くこう答えた。
「別に良いんじゃないのかな。」
「ああ、ルールに書いてあるんじゃしょうがないよな。」
 もし、ここで国定が国士無双を上がってしまったら、千鳥のみならず、二人の望みも潰えてしまう。それを勘案した二人が、一時的に共同戦線を張ったのだ。
「そういうことだ。悪いが国定。俺はもう一枚も捨てないぜ。」
千鳥は堂々と宣言した。

 万田と白川がツモり、国定の手番。ここで国定は意外な行動に出た。
 スーピンを切ってリーチをかけたのだ。
 山からツモろうとしていた千鳥の手が止まった。
 もし国定が国士無双をテンパイしているのなら、リーチをかける意味は全くない。役マンの手にリーチの一ハンが乗っても点は変わらないからだ。それどころか、相手に自分のテンパイを教えて降ろしてしまう恐れがある。従って、奴の手は国士無双ではない。
 チャンタか。千鳥は目を光らせた。
 ならば、俺が三枚持っている北はほぼ安全牌だ。俺の手はまだサンシャンテンとは言え、上がれば役マンだ。ここでベタ降りするようではトップはおぼつかない!
 千鳥はツモらずに、北を捨てた。その瞬間、国定が手牌を倒した。
「ロン! リーチ一発国士無双。」
「まさか・・・・・・貴様、これを狙ってあえてリーチを・・・・・・」
「俺もまさか唯一の当たり牌の北を振ってくれるとは思わなかったけどな。」
千鳥は叫喚した。その声は寮のみならず、寮から一キロ離れた焼肉店でも聞こえたという。

(09/09)

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