東雲文芸40――パロディ小説
脱獄



東雲長閑

 「いい加減白状したらどうだ。お前が集団脱獄の手引きをしたことは分かっているんだ。」
薄暗い取調室。刑事はスチール製のテーブルをばんと叩いた。向かいに座る容疑者は静かに頭を振った。
「いいえ。私が救いだそうとしたのはこの男だけです。」
容疑者は言うと、供述書に添付された写真を指さした。
「だが、お前とこの男との間には何のつながりもないじゃないか。」
「私は彼が虫も殺さぬ男であることを知っています。」
容疑者の言葉に、刑事は顔を顰めた。
「お前はこいつが何をしたのか分かっているのか。人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊だぞ。」
「だが、彼は一匹の蜘蛛を殺さずに助けてやったことがあります。私はその報いに彼を助けてやろうと思ったのです。」
容疑者の言葉に、刑事は天を仰いだ。
「とすると、お前は、こいつが虫を助けるのを見て、良い奴だと思い、脱獄の手助けをしたという訳か。」
「その通りです。」
「そんな動機があるか! 」
刑事はテーブルを叩いた。
「まあ良い。とにかくお前は、この受刑者、かんだたの脱獄に手を貸したことは認めるんだな。」
「はい。彼は浅ましくも、自分ひとり脱獄しようとして、失敗してしまいましたが。」
容疑者のお釈迦様は悲しそうに答えた。


(12.01)

トップページに戻る
ひとつ前の東雲文芸に進む