最近の東雲
謎の侵入者
納期の厳しい仕事があり、報告会前日に会社に泊まるはめになった。フロアの一角に畳の休憩室があり、掛け布団が二枚用意されている。背広を脱いでワイシャツとトランクスという姿で布団にくるまる。だが、敷いているのは掛け布団なので、薄く、寝心地が悪い。休憩室は中から鍵がかからないので落ち着かない。出入り口にはオートロックがかかっているので、泥棒は入れないはずだが、それでも不安だ。さらに、晩飯を適当にすませたので、腹が減っている。当然風呂にも入っていない。これらの悪条件が重なり、一時間経ち、二時間経っても眠れない。
ようやくうとうとし始めた頃、事件が起きた。入り口のオートロックが解除される電子音がして、誰かが入ってきたのだ。そいつは、さらに休憩室の扉を開けた! 入り口に侵入者のシルエットが浮かび上がる。どうやら背広を着ているようだ。私が身を起こすと、侵入者は
「うわっ、びっくりした。」
と立ち止まり、続けて、
「失礼しました。」
と扉を閉め、外へ出て行った。
こいつは一体何者なのか。第一に考えられるのは、休憩しようとやってきた同じ会社の別のフロアで働いていた人だという説だ。それならば、入るのに必要なカードキーを持っていたことの説明がつく。だが、いくら何でも夜中の三時まで仕事をしているというのは遅すぎる。誰もいなくなったら、休憩室の有るフロアは警備状態になってしまい入れなくなるので、泊まろうと思うのなら、もっと早くに来るはずだ。
次に考えられるのは、いつまでもフロアが警備状態にならないことに不審を感じた警備会社の人が見回りに来たという説だ。だが、警備員がスーツを着ているのは不自然だし、「うわっ、びっくりした。」なんて言わないだろう。
また、ニュースであった天袋おばさんのように、夜な夜な会社に忍び込んで泊まっている怪人だとも考えられる。だが、どうやってカードキーを手に入れたかが不明だ。
他にも泥棒だとしたら、言動が紳士的すぎるし、どうにも上手い説明が浮かばない。これがミステリーだったら、最後に鮮やかな解決を見せる所だが、この事件の真相は分からないままだ。その後も、侵入者の正体が気になって眠れず、やっと眠ったと思ったら、朝の七時に掃除のおばさんが全ての灯りを一斉に点けたせいで起こされた。
(10.01)
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