最近の東雲



ヒッチコックの鳥体験――蕪島感想



 乗っていた船が三週間ぶりに港に入った。青森の八戸港だ。乗組員は三々五々どこぞへと散らばっていく。私は船のLANからネットにつないでみたのだが、近くは港湾施設ばかりで、めぼしいものはない。だが、良く見ると、一箇所、景勝地の地図記号がついている場所がある。蕪島だ。ウミネコ繁殖地の文字も付されている。調べてみると、国の天然記念物に指定されており、ウミネコの繁殖がこんな近くで見られる所は他にないという。元々は島だったが、今は陸続きとのこと。さっそく、船に積んでいた自転車に乗って出かけた。
 夕暮れの海沿いの道を走る。しばらく工場や倉庫が続いて不安になるが、ずんずんペダルを漕いでいると、やがて前方にそれらしいこんもりとした緑が見えてきた。何だか沢山の鳥がいるのが見える。近づくにつれ、ウミネコの鳴き声がどんどん大きくなってくる。そして、鳥臭いにおいも漂ってくる。
 島は小山になっていて、全体が神社になっている。鳥居の脇に自転車を止め、見上げた私は半笑いで「何じゃこりゃあ! 」とつぶやいていた。島を埋め尽くす鳥、鳥、鳥。神社を囲むフェンスの突起一つ一つ全てが鳥で埋まっているし、とにかく空きスペースは許さないとばかりにウミネコがすし詰め状態になっている。一歩歩けば必ずウミネコがいる状態だ。石段は他よりはウミネコ濃度が薄いが、それでも一段につき一、二羽はとまっていて、なかなか避けてくれないものだから、すいませんね、とへこへこしながら、ウミネコの合間をぬって上っていく。その間も頭上をばたばたとウミネコが飛び交っていて、地面には糞が沢山落ちているから、直撃を喰らわないかと気が気ではない。薄暗くなった境内には、先に南アジア系の学生集団が観光に来ていたのだが、首をすくめてそそくさと立ち去っていく。6月はちょうどひなが孵った所だということで、もこもこした可愛いひなもいるのだが、薄暗いし、鳴き声が響きわたっているし、何より数が多すぎる。もし、こいつらに一斉に襲われたら、肉片一つ残らないだろう。ヒッチコックの鳥みたいだ。
 今は何でもネットで見られるし、わざわざ現地に行く価値のあるものは少ない。蕪島は、完全3Dの視覚に加え、聴覚、臭覚など、様々な感覚を同時に刺激され、凄まじい衝撃を味わえる。ぜひ、一度体験しておくべきだ。

(12.06)



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