素材のままで面白い――進撃の巨人10巻感想



(本稿は『進撃の巨人10巻』のネタバレを含みます。)

 『進撃の巨人』(諫山創著、講談社)はファンタジーであると同時にミステリーである。ミステリーとして見ると、巨人の目的(ファイダニット)と巨人の正体(フーダニット)が二つの柱となっている。10巻は最大のフーダニット、超大型巨人と鎧の巨人の正体が明らかになるのだが、明らかに仕方があまりにあっさりしているので逆に驚いた。ミステリー的にはウォール・マリア破壊という本作最大の事件の犯人が明らかになるシーンな訳で、一番の山場である。こんなに淡々と明かしてしまって良いのだろうか。

 フーダニットミステリーでは、犯人が明かされるシーンの衝撃を高めるための四つのセオリーがある。(1)離れた伏線、(2)意外な犯人、(3)ミスリード、そして(4)焦点化だ。進撃の巨人10巻では、このセオリーを一つも用いていない。
 まず、(1)の伏線だが、犯人が明らかになる直前の10巻で集中的に張っているため、読者はあれ? 何となくこいつら怪しいぞ、と思って読み進める。読み進めていると案の定そいつが犯人なので衝撃が薄れてしまう。
 次に(2)の犯人の意外さだが、女型の巨人の正体があの人だった時点で、この人達が犯人でもあまり意外ではない。例えばミカサとアルミンが超大型巨人と鎧の巨人だったら読者はより強い衝撃を受けたことだろう。まあそれは無理にしても例えばピクシス指令とスミス団長だった、とか言えば、読者は「何だって! 」と驚くことだろう。
 (3)のミスリードも全く存在しない。超大型巨人そっくりの謎の男とかが登場していれば、正体が別の奴だった時の衝撃がいくらか高まるだろう。
 そして最も問題なのが(4)の焦点化だ。「超大型巨人と鎧の巨人の正体は誰か」という謎について、本作では長いこと放置されてきた。読者に作者が「こんな謎があるよ」と提示し、読者が考えて「分からん」となった所で鮮やかに謎が解き明かされるからこそ、謎解きのカタルシスが生じるのだ。本作のようにいきなり謎を明かしてしまうと、読者は「あー、そう言えばそんな謎もあったね。」と思うだけで、カタルシスを感じない。実にもったいない。おそらく読者の裏をかくことを目的にあえてセオリーを外しているのだとは思うが…

 このように、進撃の巨人はミステリーとして見ると、演出が不足している。だが、その結果として進撃の巨人がつまらないかというとそんなことはない。むしろ超面白い。何故か。魅力的な謎がふんだんに存在しているからだ。トランプで例えるなら、普通のミステリーが絵札が一枚しかない手札だとすると、進撃の巨人はエース4枚とジョーカーみたいな手札なのだ。大したことのない謎を盛り上げるには手練手管を用いてその謎を魅力的に見せなくてはならない。だが、進撃の巨人のようにもともと魅力的な謎がごろごろしていると、別に工夫をこらして盛り上げなくても十分に面白いのだ。

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