完璧な動機付け――親友の彼女を好きになった向井弘凪の罪と罰感想
(本稿は『親友の彼女を好きになった向井弘凪の罪と罰』の抽象的ながらもあからさまなネタバレを含みます。)
ドラマは葛藤である。『親友の彼女を好きになった向井弘凪の罪と罰』(野村美月著、ダッシュエックス文庫)はタイトルを読んだだけで向井弘凪にすごい葛藤が生じるだろうことが丸わかりであり、こんな設定で面白くない訳がない。
葛藤が主題になっている物語では、葛藤が解消される瞬間のカタルシスが肝である。問題は、葛藤の解消に読者が納得できるような必然性があるかどうかだ。葛藤はAかBか決められないから起こるのであり、主人公があっさりどちらかを選ぶようでは葛藤が弱くなってしまう。しかし、葛藤を強めれば強める程、主人公が決めるためのハードルが高くなり、より強い動機付けが必要になる。
単に親友の彼女を好きになったというだけでも葛藤が生じるが、本作では主人公を誠実な人柄にした上に過去の事件を設定することで、より恋を選ぶためのハードルを高め、葛藤を強化している。その一方、親友を選ぼうとする主人公を恋側にプッシュする存在として、冴音子を配している。これはややずるい。確かに冴音子がいないと弘凪が親友を選んで葛藤を押し殺してしまうので、恋側に押す要素が必要なのは確かだ。だが、冴音子の言動はちょっと都合が良すぎではあるまいか。
しかし、そんな不満もクライマックスシーンで吹き飛んだ。これはもう誰がどう見てもこうするしかないよ、という完璧な動機付けで一気に葛藤が解消する様は圧巻だ。本作の全てのシーンはあの瞬間のために書かれており、全てのシーンを支えるだけの強度を持っている。脱帽だ。
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