ストレスのない殺し方――駿河城御前試合感想



(本稿は『駿河城御前試合』の内容に触れています。)

 『駿河城御前試合』(南條範夫著、徳間文庫)は剣客小説の代表作であり、漫画『シグルイ』の原作としても知られている。「空前絶後の残忍凄惨な真剣勝負」十一番を描いた小説ということで気鬱になることを覚悟して読んだのだが、そんなことにはならなかった。同じく人が大量に死ぬ『バトル・ロワイアル』や『カイジ』の鉄骨渡りが読後ずーんと気分が落ち込み、じくじくと心に傷が残ったのとは対照的である。この違いはどこから来るのだろうか。

 まず挙げられるのがあっさりとした文体だろう。「駿河城御前試合」では死の場面においても痛みの描写などをほぼ省いており無機的な印象を受ける。登場人物も作者のアイデアを実現するための将棋の駒のような造形で、読んでいてそれほど感情移入しない。
 また、事前に展開を示唆していることも大きい。作者は事前に「十一組の中、八組迄は、一方が対手を殺しており、あとの三組に於いては、両方の剣士が共に斃れている。」と予め少なくともどちらかは死ぬことが予告されているので読者は心構えして読むことができる。さらに「飛竜剣敗れたり」のように題名から結末が分かるものまである。

 だが、最も大きいのは不条理感が少ないことだろう。
 十一番勝負は基本的には双方同意の上で行われている。いきなり拉致され、殺し合いをさせられる「バトル・ロワイアル」とは大きな違いである。また、悪者がちゃんと報いを受けて殺されるのもストレスを感じない原因だ。御前試合を主催した徳川忠長までもが最終的には切腹させられるから巨悪は生き残って高笑いという腹が立つ展開も避けられている。

 そういう訳で、本作はあまりストレスを受けることなくすいすい読めて面白かった。だがストレスを感じない分、心に引っかかっていつまでも残るような印象も得なかった。痛し痒しだ。

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