必然だけでできている――ともだち同盟感想




 (本稿は『ともだち同盟』のあからさまなネタばれを含みます。)

 「わたしは女です。大神君は男です。だからこれ以上幸せには近づけないんです。よく二人の距離が縮まったとか言いますけど、距離は変わりっこないんです。ただ、早く相手に会いにいこうって気持ちがあるかどうかなだけです。早く会おうとすればするほど愛の値段があがるんです。」

 『ともだち同盟』(森田季節著、角川書店)は極めて重層的な小説だが、千里のこの台詞にテーマが全て凝縮されている。そして、本作のあらゆることが、この台詞から必然的に導かれることが分かる。
・距離は二人の魂(内面)の位置によって決まり、変わらない。価値は行動(外面)によって決まる。
・千里は魂を見ているため、「距離がとても近い」朝日のことを友達だと思っているが、朝日は行動を見ているため、自分を不幸にする千里のことを友達だなんて思ったことない。
・異性より同性の方が距離が近い。内面世界で弥刀が女性に変わり、呼び名が『おおがみくん』から『みと』に近づいた。外面世界=現実世界では、通常、性は変わらないので、二人の距離を近づけるには内面世界で性を変えるしかない。
・内面世界に行った千里では、外面世界にいる朝日と手をつなぐことができないので、友達として引き止めることができない。

 普通、二人の距離が近い方が価値が高いと思いがちだが、鉄道の比喩を用いて、遠い距離を早く行こうとするほど価値(=切符の値段)が高いと説明するのが、本作のユニークな所だ。だが、距離によらず値段が一定の切符が存在する。青春18きっぷだ。距離を重視し、世俗の価値を平準化してしまう千里が青春18きっぷを使うのも必然なのだ。

 小説の完成度は、どれだけ隅々まで必然に満ちているかで決まる。『ともだち同盟』はほとんど完璧な小説と言って良いだろう。



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