人生は無意味ではない――横道世之介感想



(本稿は『横道世之介』の内容に触れています。)

 私は横道世之介が嫌いだ。『横道世之介』(吉田修著、文春文庫)の主人公たる横道世之介ときたら、図々しく人のテリトリーにどかすか踏み込んでいくし、言動が童貞くさいくせに童貞じゃないし、リア充だし非常に腹立たしい。最後まで読んで何故嫌いなのか分かった。横道世之介は私のコンプレックスの裏返しなのだ。世之介は私が持たないことをコンプレックスに思っている美点をことごとく有している。だから私の劣等感をじくじくと刺激してくるのだ。

 『横道世之介』は人間が他者に与える影響についての物語だ。本作のユニークな所は、人は誰かから本人が覚えていない所で影響を受けているということを描いた点だ。人生を変えるような影響を受けた人は何人いるかと問われれば、大抵の人はせいぜい数人しか挙げられないのではないか。自分が誰かに影響を与えたかとなると、極めて疑わしい。そうなると自分が存在する意味が疑わしいということになる。自分がいようがいまいが世界が変わらないのなら、死んでしまえば何も残らないのなら、生きている意味などあるのだろうか。
 本作は人は誰かから知らず知らずの内に影響を受けているということを描く。横道世之介の大学一年生の一年間を新聞連載の一年をかけて書いた長い小説だが、この長さは説得力のために必要だった。小説内で誰かが他者から知らず知らずの内に影響を受けているのを読んでも単なる小説の中の出来事だろと思ってしまうが、一年間具体的描写を積み重ねていくと確かにそんなこともあるのかなと思わせられる。もし人と人との一時の出会いが他者に影響を及ぼしているのなら、それほど他者と深い関わりを持たずに生きている自分も周囲に何かしらの影響を及ぼしていることになる。人生は無意味ではない。

 私は横道世之介が嫌いだ。だが、横道世之介が非常に魅力的な人物であることは認めざるを得ない。作中の人物が世之介から様々な影響を受けたように、私もまた世之介から影響を受けるのだろう。

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