ザレゴトディクショナル感想
全体としての印象は、膨大な音韻上の伏線を仕込んでいたんだなということ。私は音韻による伏線というものは張ったことがないのみならず、探したこともなかったので新鮮だった。
最も印象深かったのは、「クビシメロマンチスト」の項。
だけれど、今でも僕は、
「いいものを作るには時間がかかる」
という、創作活動にかかわる人々の間に流布するこの言説に対して、否定はしないまでも、迷いなく頷くことはできない。最初にこの台詞を口にした人間は、言い訳の天才だったのだと思う。創作という行為に関して、あたかもその中核にブラックボックスが存在するのだと、人々に思わせることに成功したからだ。
私から見るとむしろ逆だと思う。西尾さんは続けて
僕にとって時間がかかるということは、迷いながら書いているということに他ならない。(中略)
直感と決断。
あとは自信。
ついでに酩酊。
それだけだ。
と書いているが、それって、全ては西尾維新というブラックボックスから創造されるのだ、と言っているに等しい。他の作家が書くのに時間がかかるのは、プロットやら、レトリックやらといった、ブラックボックスでない、他者に伝達可能な「技法」を用いて書いているからだ、と思う。
結局の所、この「直感と決断」方式は
「保坂和志と森博嗣」で書いた二人の方式に近い訳だが、これって非言語領域たるブラックボックスから直接言葉を引き出せるが故に、とんでもない傑作を生む可能性を持つ一方で(わずか二、三日で書いたという「クビシメロマンチスト」はとんでもない傑作を生んだ例と言えるだろう)、事前に最低限の面白さを担保せずに書き始めるが故に、無駄だらけの内容となり、無残な失敗をさらす可能性もあるという博打的書き方なのだと思う。現に本書でも、ヒトクイマジカルで丸々没にした別バージョンがあると語っているし。
つまり、執筆速度が速いということは、無残な失敗を恐れず果敢に挑めるということだ。そういう意味で、私は西尾さんに嫉妬している。
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