すっきりとはいかない現実――ゼロから始める魔法の書感想


(本稿は『ゼロから始める魔法の書』の抽象的なネタバレを含みます。)

 『ゼロから始める魔法の書』(虎走かける著、電撃文庫)は第20回電撃小説大賞大賞受賞作だが、アマゾンのレビュー等で酷評されていたので回避していた。だが、今になって読んでみたら面白かった。きれいに伏線を張ってどんでん返しに持っていくストーリーテリングにも感心したが、最大の魅力は考え深いテーマ性だろう。獣堕ちと魔女という互いに強い力を持ちながらも差別されてきた存在をヒーローとヒロインに据えた本作は、差別や偏見から過ちを犯してしまう人間の愚かしさを丹念に描く。争いの中で互いの憎悪が膨らんだ状態では、すっきりとした解決策など存在しない。

 私は本書を読んで中東の紛争を想起した。例えばシリア情勢だ。反体制派に対し武力弾圧を加えたアサド政権は欧米各国から悪の権化のように非難されていた。欧米はアサド政権打倒のため反体制派に武器を供与した。しかし今になってみると、シリアを統治可能な勢力はアサド政権しかないことが明らかになっている。反体制派に渡した武器はイスラム国に流れ、より厄介な事態を引き起こしている。
 確かにアサド政権がやったことは非道だが、正義を掲げた欧米が介入した結果、事態はより悪化した。アメリカが「悪者」を殺し、政権を打倒してしまったイラクなどもっと酷いことになっている。現実世界は悪者を倒して終わりというようにすっきりとはいかないのだ。

 本書でもウェニアスの動乱をすっきりと解決しようと強大な力で介入した男の企みは上手くいかないし、結末も悪者をやっつけてめでたしめでたしとはならない。私はそこが本作の魅力だと思うが、小説に現実では味わえない爽快感を求める読者にとっては欠点に映るのだろう。
 本書には佐島勤氏の解説が載っているが、氏の小説『魔法科高校の劣等生』のファンからすると本作は不満かもしれない。『魔法科高校の劣等生』は主人公が圧倒的力ですっきり敵を蹴散らしていく爽快感が売りの小説だからだ。

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