小学生スピリッツ――天使の3P感想




(本稿は『天使の3P!』のネタばれを含みます。)

 蒼山サグ氏は自他共に認める小学生作家だ。蒼山氏は小学生を愛しているのみならず、小学生の心を持っている。小学生の心とは、感度の良いアンプのように、日常のささやかな出来事に大きく反応する心だ。

 蒼山サグ氏の新作、『天使の3P!』(電撃文庫)は小学生三人が、ボーカロイドプロデューサーの貫井響にライブのプロデュースを頼むことから話が始まる。ここまで読んだ私は、響がインターネットを使った大作戦を行うのかと思ったが、実際にやったことはというと、同級生にライブを見に来てと頼むだけである。書かれている出来事自体はフィクションにおいては屈指の地味さだ。

 フィクションでは、読者に主人公がやっていることが重大だと思わせるために、出来事のインフレーションが起きやすい。戦いの行方に誰かの命がかかっていたり、世界の命運がかかっていたりすることはしょっちゅうだ。
 Hなシーンの印象に引きずられがちだが、蒼山氏の小説は出来事のインフレが極めて少ない。『ロウきゅーぶ!』と『スラムダンク』を比較すると大抵の人が、スラムダンクの方がリアリティが高いという印象を持つだろう。だが、良く読んでみると、バスケットボールの描写に関してはロウきゅーぶ!の方がリアリティが高い。スラムダンクのプレーは高校生にしてはレベルが高すぎるのに対し、ロウきゅーぶ!はきちんと小学生レベルのプレーを描いているからだ。

 なぜ小学生の日常を描いた地味な話なのに面白いのか。それは小学生の心を瑞々しく描いているからだ。小学生の頃は大人からみたら何でもないようなことで悩んだり怒ったり泣いたり笑ったりしていた。小さな心の動きを丁寧に描いているから、読者は小さな事件にも心動かされるのだ。

 きっと蒼山氏は児童文学を書けば、古典として長く読み継がれるような傑作を生み出すのではないだろうか。でもそうなると氏の児童文学を読んで感銘を受けた父母が天使の3P!を読んでお風呂シーンの多さに激怒、という事態になりかねないので、書かない方が良いかも知れない。

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東雲製作所評論部