半額弁当だから言えること――ベン・トー 感想




 ライトノベルはバトルを描く。しかもバトルはしばしば暴力を伴っている。単純に暴力を賞賛し、弱肉強食を崇める話にすれば問題は単純だ。主人公は単に正義をかざして敵をぶちのめせば良い。だが、私はそういう話は好きではない。単に弱肉強食が嫌いだからというのもある。だが、より大きいのは、作者が自分の考えを垂れ流しているだけで、作品に深みがないように感じるからだ。
 『るろうに剣心』や『トライガン』は主人公に不殺の誓いを持たせ、弱肉強食を唱える敵と対峙させることで、この問題を克服している。しかし、この方法では主人公が戦いを好まないので、バトルもの特有のアドレナリンが迸るような快楽は描きにくい。

 バトルを描きながら弱肉強食の一元的価値観を克服する方策の一つが、バトルをとことん陰惨に描くことだ。『鉄球姫エミリー』がこの手法で暴力を克服していることは以前書いた(→鉄球姫エミリー感想)。

 もう一つの道が、社会的に価値が低いことを巡る戦いを描くことで、戦いの意味に懐疑的視点を持ち込む方法だ。『学校の階段』はまさにそういう作品だ(→学校の階段感想)。
 『ベン・トー サバの味噌煮290円』(アサウラ著、集英社スーパーダッシュ文庫)はそれに加え、戦いの対象を「半額弁当」というアホなものにすることで、戦いそのものを笑い飛ばすことに成功している。本作では半額弁当売り場に集う連中を「狼」「犬」「豚」の三種類に分類しており、誇りを忘れた連中のことをヒロインが「醜い豚どもめ」と罵ったりする。例えば、これが権力だとか金だとか名声だとかを求めて争っている小説だと、弱肉強食嫌いの私には読むに耐えない小説になるのだろうが、『ベン・トー』では争っている対象が半額弁当である。実際、主人公の佐藤もたびたび争いの対象が半額弁当でしかないことを自嘲している。だから、読者は燃えるバトルシーンで存分にアドレナリンを迸らせた後、我に返り、バカだーー!と笑うことができるのだ。

 ライトノベル評論は同じ利点を持っている。ライトノベル評論家がライトノベルの素晴らしさについて熱弁をふるっても、ライトノベルの社会的地位が低いため、嫌味にならず、かつ読者に留保つきで受け止めてもらえるのだ。しょせんライトノベル評論家が言うことだもんな、という風に。これが環境問題や恋愛論だとこうはいかない。多くの読者は地球環境や恋愛の価値を信じているから、評論家があっさりプチヒトラーになってしまう危険がある。
 ライトノベル評論ブームの時、賀東招二氏が「ライトノベルはジャンクフードで結構」という趣旨の発言をされていて、当時は理解できなかったのだが、なるほど、社会的地位が低い方が良いこともあるのだ。



ベン・トー2感想
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